約束のレース【弱虫ペダル】

約束のレース【弱虫ペダル二次創作小説】 漫画

『弱虫ペダル』の二次創作小説です。

時系列は、2年のインターハイも、峰が山のレースも終わった後くらいです。

真波くんと坂道くんが、ヒルクライムでこっそり勝負をするお話です。

※腐った要素は全くありません。

※このお話に登場する『北山ヒルクライム』は架空のレースです。

スポンサーリンク

約束のレース

それは、ある秋の日だった。

総北高校自転車競技部。過酷な練習が終わった後の部室で、「恋のヒメ☆ヒメぺったんこ」が唐突に流れ始めた。

「あ、電話だ…!」

その電話を取ったのは、夏のインターハイで2連覇を成し遂げた、自転車競技部のキャプテン。小野田坂道であった。

「あいつに電話なんて珍しいな…」

「彼女できたんちゃうか?インハイ2連覇の肩書はデカいやろー!」

電話を取るために部室の外へ出ていった小野田を冷やかすのは、同期として固い絆を結んだ2人の少年たち。

次世代総北の核を担う、今泉俊介と鳴子章吉だった。

「まっ、真波くん!突然どうしたの?」

突然の電話に緊張したのか、大声で話している小野田の声はよく響く。

彼が叫んだのは、箱根学園自転車競技部のキャプテン・真波山岳の名であった。

その電話相手の名に、部室に残っていた部員一同がざわめいたのは当然のことだったといえよう。

「…うん、…うん。ちょっとまだわかんないや。聞いてみるね」

しばらく話した後、電話を切った小野田が部室に戻ると、1年生のムードメーカーである鏑木が、待ちきれないとばかりに彼に声をかけた。

「小野田さん、今の電話、箱根学園の真波さんっすか!」

「えっ!うん、聞いてたの!?」

「はい、すげぇデカい声で話してたんで、皆聞いてたっすよ」

「ええー!」

恥ずかしい…とうなだれる小野田に、今泉がポンと肩を叩き、声をかける。

「それで、用件は何だったんだ」

「あ、うん、実は…」

箱根学園のキャプテン・真波山岳が彼と話す内容など、1つしかない。

それはもちろん、ロードレースの誘いだった。

「またどこかの山で勝負したいねって話してて。今度東京である北山ヒルクライムレースで、一緒に走ろうって誘われたんだ。

「おお!チームのキャプテン同士がガチンコ勝負かいな!燃えるやないかー!!」

「日程が近いな…。もし出るとしたら、どのメンバーでいく?」

熱い反応を示す鳴子とは対照的に、今泉は冷静にレースメンバーを検討しはじめていた。

しかし、小野田はそれに待ったをかける。

「あ、えっと…、できれば僕1人でひっそり出たいなって…、思ってるんだけど…」

「…何か理由があるのか?」

怪訝な顔で聞き返す今泉に、小野田はおずおずと自分の気持ちを表現する。

「インターハイの3日目、ゴール前で真波くんと2人で走った時、僕たち2人の勝敗でチームの勝敗が決まっちゃうのが、重いよねって話してたんだ。もっと、途中の山岳賞とか、3位争いとかで、気楽で自由な勝負をしたかったよねって。だから今回は、お互いの学校を代表して走るとかじゃなくて、個人的に勝負をしたいんだ」

今泉と鳴子は、その言葉を聞いて思い返す。

夏のインターハイの大舞台で、3日目のゴールを獲るという重責を、2度も彼に背負わせてしまったことを。

総北キャプテンとして初めて走った峰が山ヒルクライムで、王者としての責任に圧し潰されそうになりながらも、箱根学園の強敵と戦い抜いた彼の姿を。

俺達が2年に上がってから、小野田はいつも何かを背負っていて、まだ一度も自由に走っていないんじゃないか。

そんな想いが沸き起こる。

「…でも、僕はキャプテンの役目もあるし、せっかくの誘いだけど、走れるかわからないって答えたんだけど…」

おどおどと話す小野田の顔には、真波と勝負をしたいという期待があふれていた。

普段はあまり自己主張をしない彼が、ここまで楽しみそうにしているのを見て、止める者がいるだろうか。

その言葉を聞いた今泉と鳴子は、互いに目を合わせて、彼の背中を叩いた。

「そういうことなら、行ってこい」

「ああ!部のことはワイらに任しとき!」

思い切り背中を叩かれた小野田は、心底驚いたように話す。

「え、い、いいの?」

「もちろんだ。インハイの2日目、オレがお前に言ったこと、覚えてるか」

「あ…!」

それは、レース2日目に榛名山で、真波山岳と勝負をしたいという、彼のささやかな願いを叶えてやれなかった時の言葉。

『もし次に何かやりたいことがあったら、俺に言えよ。俺が全力でチャンスを作ってやる』

「次にお前がやりたいことあったら、オレがチャンスを作ってやるって、言っただろ」

「あ……!」

今泉に続き、鳴子も彼の背中を押す。

「そうやそうや!キャプテンなんやから、たまにはワガママ言ってもええんやで!」

共に部を支える、信頼できるチームメイトからの言葉に、小野田は全身が震えるのを感じた。

これは、武者震いだ。

期待に胸が高鳴るのを感じながら、彼は宣言する。

「うん!じゃあ、行ってくるね!その日は1日部活抜けるけど、よろしくね!」

「おう!」

そうして、小野田坂道と真波山岳。

同年代最強と言われる2人のクライマーが、再び運命の戦いをすることが決まった。


そして、あっという間にその日は来た。

東京都で行われる、北山ヒルクライム。

そのスタート場所の近くに、小野田は来ていた。

「うわー、すごい人だ…!」

今日は普段のレースとは違い、総北高校の黄色いジャージは着ていない。

普段の練習の時に使っている、ごく一般的なデザインのジャージだ。

(なんか、こういうレースに1人で来るのは初めてだ…!)

彼がレースに参加する時は、いつも隣に頼れるチームメイトがいた。

しかし今日は、彼の希望により、たった1人で参加している。

(今日は支えてくれるチームメイトがいないから、自分の力だけで戦わなきゃいけないんだ…!)

慣れない状況への戸惑いもあり、彼はいつも以上に緊張していた。

そんな彼に、声をかける者が1人。

「やっ、坂道くん」

「真波くん!」

それは、彼をこのレースに誘った張本人、箱根学園の真波山岳だった。

「坂道くん、キャプテンになったんだってねー」

「あっ、うん!真波くんもだよね!おめでとう!」

「いやー、オレらがキャプテンとか想像してなかったよねー。うまくやれてる?」

「うーん、うまく、やれてる…のかな…」

「だよねー。オレもよく遅刻してさー」

真波は再会を楽しむようにマイペースに話すが、小野田はたどたどしく、真波のペースに圧倒されているようだった。

他愛ない話に一区切りがつくと、真波は山の景色を眺めはじめる。

これから登る坂は。山は。どんな景色なのだろう。

そして今日は、運命のライバルである、坂道くんと一緒に登ることができる。

どれほど、楽しいレースになるだろうか。

「坂道くん。オレ、君と一緒に坂のぼれるの、すごく楽しみにしてたんだ。だからー」

期待に胸を高鳴らせ、彼は小野田に宣言するように話す。

「やろう。勝負!あの山のてっぺんにあるゴールに、先に着いた方が勝ちだよ!」

「うん!」

最大の好敵手との、約束のレース。

闘志は充分。緊張感が高まっていく。

10月のまだ暑い日差しが、そんな彼らを照らしていた。


小野田と真波は、2人で横に並んでスタート地点につく。

「わ、なんだか人数多いね…。それに、大きい人が多い…!」

「このレース、高校生限定じゃなくて、大学生や一般の人たちも走るんだって」

北山ヒルクライムは、毎年多くの参加者で賑わう、都内屈指の大規模レースだ。

関東の大学や社会人チームから、各チーム3人まで出場することができる。

そのため、小野田や真波と大きく年齢の離れている選手も多く、小柄な彼らはその中で埋もれてしまっていた。

そのうえ、彼らのスタート位置は、集団の最後尾であった。

「これは、集団を抜け出すのも苦労しそうだ」

「…うん」

そのように話していると、スタートのアナウンスが鳴る。

ついに、始まった。

彼らが、肩書も重荷も背負うことなく。

走ることができる、最後のレースが。


スタートの合図により、レースが始まり、集団が動き出す。

関東近郊の有力チームが揃っているこのレースは、観客の数も多く、スタートから大きな盛り上がりを見せていた。

そんなレースに人知れず参加した小野田と真波。

スタートの合図により2人も走り出したものの、ペースはかなり遅いものだった。

スタートしたばかりのレースでは、集団が固まって動いている。

このような状況下で、無理に抜いたり加速したりするのは、かなり危険を伴う行為だと言われている。

しかし、平坦な道を出て登りに入れば、選手の力の差がそのままペースに出るため、集団はばらけはじめる。

真波と小野田は、登りに入ってから一気に抜き、先頭に追い付く算段であった。

ただ、いちはやく異変に気付いた彼らは、軽く目くばせをしながら話す。

「ねぇ、真波くん。たぶん僕たち…」

「そうだね。オレたち、マークされてる」

登りに入ったにもかかわらず、小野田と真波は集団の後方から動き出せずにいた。

正確には、選手が何人かで自分たちを包囲しており、なかなか抜け出すことができずにいるのだ。

ロードレースとは集団戦だ。

チームのメンバーのうち、たった1人でも先にゴールすれば、そのチームの勝利となる。

単身で出場している彼らとは違い、参加者のうちの多くが、大学などのチームとして参加している。

注意すべき人物がいるのならば、チームのうち1人が残り、彼らを足止めする。

そういう戦略は、しばしばあることなのだ。

「おまえら、インターハイ2年連続ファイナリストの、小野田坂道と真波山岳だろ」

「えっ!はい!」

「そうですよー」

前方にいた大学生に唐突に声をかけられ、小野田は裏返った声で返事をし、真波は相変わらずのマイペースな返事を返した。

「高校生相手に大人気ねーとは思うが、うちのエースが山頂を獲るまで、ここから先には行かせねーぜ」

それは、宣戦布告。

自分たちよりずっと大柄な相手からの、確かな挑戦状だった。

宣戦布告を受けた彼らは、どうしようと困ったように話しはじめる。

「どうしよう、真波くん。このままだと、先頭にも追い付けないし、勝負もできない…」

「うーん、坂道くんはさ、インハイでもこういうことあったでしょ。でもブワーって抜いてきて。あの時はどうやったの?」

朗らかに尋ねる真波に、小野田は思案する。

インターハイ1日目。彼は得意の山の手前で、チームと逸れて集団に包囲されてしまっていた。

包囲をなかなか突破することができずにいた時、遥か向こうの山岳賞ライン手前で、手嶋さんが全力の走りで、僕にエールをくれたんだ。

そこからは、もう夢中だった。

どうして包囲を抜けることができたのか。そんなことは、全く覚えていなかった。

ただ、ただ。夢中でペダルを回していたんだ。

「どうやったんだっけ。あの時は夢中で…。たしか、ブレーキをかけて後ろから抜いたり、思い切り回して横から抜いたりしたような…」

しばらくの沈黙の末、しどろもどろに話し始めた彼の台詞に、真波は彼らしいとにっこり笑う。

「そっかー。それなら、今度も夢中になれば抜けるかな」

「…え?」

気楽に言う真波に、小野田は若干引いたような顔をする。

「だってさ、1回できたことだよ?それが今回だけはできないなんて、ありえないだろ?」

真波は自信満々でにこりと笑い、1段階ギアを上げ、横から加速する。

「先輩方。悪いけど、横通らせてもらいますよ!」

「な…!」

「そっれえええ!」

一瞬で加速し追い抜かれたことに気付いた彼らは、急いで回すが追い付くことはない。

(うわ、真波くんすごい!)

山において、彼の加速はすさまじい。

周囲の自然を味方につけ、羽根を纏って進んでいく姿は、こう称される。

天空の羽根王子スカイプリンス』と。

「それえぇーーっ!」

共に走っていた小野田も、思わず感嘆してしまうほどの見事な加速だった。

「坂道くん!君もはやく来てよ!」

一瞬ではるか前まで行ってしまった真波の言葉に、小野田もはっとしてケイデンスを上げる。

(そうだ、僕も行かないと!)

気合を入れて回し始めたが、包囲網を敷いていた選手たちが真波を追うのを諦め、再び小野田の前方をふさぐ。

「くそ、真波には行かれたが、こいつだけは絶対に止める!」

「…っ!」

目の前に立ちふさがれ、小野田は前進することができない。

そんな彼に力を与えるのは、友との約束。

(真波くん!あの背中に、追い付きたい!)

前がふさがれているならばと、小野田は一度思い切りブレーキをかけ、彼らの後ろから包囲網を脱出する。

坂をものともせず、見えないほどの速さでペダルを回し、前だけを見て駆け上がっていく。

それは、インターハイを2年連続で制した、『山王やまおう』の走りだった。

「くそーー!」

ケイデンスを上げ、ものすごい速さで登っていく小野田の背中を見て、彼を包囲していた選手たちは追い付くことを諦めてしまったようだった。


小野田より一足先に包囲網を抜けだし、各チームの名だたるクライマーを次々と抜いていた真波は、後方から彼のプレッシャーを感じ取る。

「真波くん!追い付いたよ!」

「坂道くん!」

その正体はもちろん、彼のライバル・小野田坂道だ。

彼は、追われる時よりも追いかける時のほうが、各段に速いという話を聞いたことがある。

かつて、1年目のインターハイの時に、その凄さを体感した。

御堂筋くんと本気の勝負をしていたのに、遥か後ろにいたはずの彼が、必死に回して追い付いてしまった時には衝撃を受けたものだ。

今もそうだ。包囲網を抜けてから、オレはかなり速いスピードでここまで登ってきていたはずなのに。

軽々と追い付いて見せた彼に、真波は舌を巻く。

「…やっぱりすごいね、君は」

「え?」

真波がとっさに漏らした心の声は、きちんと小野田に届いてしまっていた。

「君は、どんな小さな約束でも、必ず守ってくれるよね。今回も、オレと勝負するっていう約束のために、難しい包囲を抜けてきたんでしょ」

1年生の頃の合宿で、「インターハイで会おう」と約束したら、君は困難を乗り越えて来てくれた。

インターハイのレース中もそうだ。君はチームメイトとの約束を力の源に、苦しい状況を何度も乗り越えたのだろう。

そして、2年のインターハイの最初に「勝負をしよう」と約束したら、まるで運命のように3日目の最後に戦うこととなった。

君は、どんなに困難だろうと、約束は必ず守る男だ。

でも、どうして。真波はそう思わずにはいられなかった。

「君のその力の源は、一体どこにあるの」

思わず尋ねたその質問に、小野田は少し考えこむ素振りを見せた。

過酷な坂の途中であろうと、一刻を争うロードレースの最中であろうと、相手の質問に真摯に答えようとする彼の姿勢を見て、真波は少し笑ってしまう。

真波が少しペースを落として彼の挙動を眺めていると、彼は答えが決まったと宣言するように顔を上げた。

「僕が人との約束を守りたいと思うのは、僕に期待してくれた皆の気持ちを裏切りたくないから。大好きなチームメイトの期待に応えて、それでその人が喜んでくれるなら、ボクは嬉しいからだよ。でも、今は少し違うんだ」

その答えが、想像通りの真摯なものであったから、なんだか嬉しくて自然と口角が上がる。

でも、今は違うとは、どういうことなんだろう。

真波は続けて、彼の返答に耳を傾ける。

「今は、真波くんと一緒に走るこの坂が、楽しくて仕方ないんだ!」

満面の笑顔でそう話す彼に、真波の心が動いた。

「楽しい、かぁ」

インターハイの山を共に駆け上がった彼の先輩は、坂を苦痛だと言った。

それでも千切れずについてくる彼に理由を尋ねると、自転車が好きだからと言った。

その言葉に共感する一方で、共に坂を楽しむことができる友は、やはり彼しかいないのだと悟った。

「そうだよね、坂道くん!坂、楽しいよね!」

「うん!」

あははと声を上げて笑いながら走る彼ら2人は、少しだけペースを緩めながらも、順調に他のクライマーを抜きさり、坂を駆けあがっていた。

しかし、先頭まではまだ遥か遠い。

彼らが包囲網により足止めを食らっていた時間は、短いレースにおいて致命的なものだった。

ましてや、彼らの相手は大学生と社会人だ。

身体ができあがっており、彼らよりも長く鍛錬を積んだ、各チームのエースクライマーを、単身でそう簡単に抜くことができるほど甘くはない。

真波は天性の研ぎ澄まされた感覚で、今の状況を感じ取りつつも、先頭に追い付くことを、まだ諦めてはいなかった。

だって、不可能を可能にすることができる人材が、ここには揃っている。

「ねぇ、坂道くん。先頭に追い付くまで、ちょっと協調しない?」

「えっ」

突然の提案に、彼は少し面食らったようだった。

「オレさ、山の頂上に、一番最初にたどり着きたいんだ。誰よりも、どんな時でも、頂上の景色を最初に見たい」

遠く空を見上げ、まるで夢を見るかのように、彼は自らの欲望を話す。

初めて自転車に乗った時から、坂はどうしようもなくオレを惹きつける。

それは、生きがいと言うのも生ぬるいほど。

本能が、それを求めているんだ。

そんなオレと、同じ目線から話すことができるのは、きっと彼しかいないんだ。

「もちろん!協調、しよっか!」

純粋な、坂への希望。頂上への渇望。

きっとそれが、真波くんが走るための原動力なんだ。

こんなに純粋に坂を愛するなんて、本当に真波くんはすごい。

そして、そんな彼が自分に期待してくれている。

一緒に走ろうって。勝負をしようって。

そんな期待が、今度はボクの力になるんだ。

「2人ならきっと、2倍の速さで追いつくよ!」

「うん!」

真波が前に出て、小野田を引きながら颯爽と坂を駆けのぼる。

「それぇーーーっ!」

風に乗ってどんどん速度を上げていく真波の後姿は、まるで彼の背に羽根が生えているかのように見える。

「もっと上げるよ!それえぇーーっ!」

大自然の力を味方につけて走る彼は、誰よりも自由に走っていた。

(やっぱり真波くん、すごいや!)

こんなにすごい友達と、一緒に走れるんだ。夢みたいだ。

「かわるよ、真波くん!今度はボクが引く!」

小野田も負けじとケイデンスを上げ、彼の前に躍り出る。

2人が協調して走ることで、それまでの2倍以上の速度が出ているようだった。

「楽しいね、坂道くん!」

「うん!真波くん!」

笑いながら話しているが、彼らの瞳は本気の光を宿していた。

そして、尋常ではない速度で他の選手を次々と抜いていくと、ついに先頭に追い付いた。

「真波くん!追い付いたよ、先頭!」

「そのまま追い抜こう!それーっ!」

そして2人は、ゴールのわずか1キロ手前で、全ての選手のトップに躍り出ることになった。

そして、それまでは協調して走っていた真波と小野田は、互いに距離を取って走り始める。

彼らはお互いに、全く同じことを考えていた。

2人で協力して、先頭を追い抜いた。

これで、さえぎるものは何もない。

自分たちの本当の勝負が、遂にここから始まるのだと。

「坂道くん。のこり1km地点から、ゴールまで。勝負しよう!全力で、最後の一滴まで絞るような戦いを!」

「うん!やろう!」

今日のこの瞬間を、どれほど待ち望んだか。

夏のインターハイ以来の、ライバルとの真剣勝負。

背負うものは、何もない。

純粋な、プライドを賭けた、全身全霊の勝負。

「今やっとかないと、もったいないだろ!」

そう叫ぶのを皮切りに、真波が一気に加速し飛び出す。

脳裏に浮かぶのは、尊敬する先輩からの一言。

『自由に走れ、真波よ!』

はい。オレ、自由に走りますよ!東堂さん!

一方小野田は、急加速した真波に少し遅れながら、共に笑顔で山を駆けあがっていた。

(楽しい。楽しい!真波くんと全力の勝負をできるのが、楽しくてたまらない!)

なのに、どうしてだろう。

「ヒメ!」

さっきから、『恋のヒメ☆ヒメぺったんこ』が頭の中で流れてるんだ!

「ヒメなのだ!」

自然と歌詞を口ずさんでしまう。リズムに乗ってしまう。

リズムに乗って、ケイデンスが上がる!

ぐるぐるぐるぐる…!

そして、少し出遅れていた小野田が再び真波に並んだ。

「追い付いたよ!」

「さすがだね、坂道くん!」

追い付かれた真波は、ギアを一段、二段と上げて、すさまじいペースで加速する。

登りでギアを上げるということは、確かにスピードは上がるものの、体への負担が何倍にもなるということだ。

足が痛い。心臓が跳ねる。体中が悲鳴を上げているのを感じる。

でもね、坂道くん。オレは、こんな極限まで”死”に近い状況においてこそ、”生”を感じられるんだと思うんだ。

力を出し切って出し切って。闘う相手に打ち勝つために。五感と体中の筋肉と神経を使って、走る。

オレ…、生きてる!

本当に、君との出会いは運命だったと思う。

君と出会うまで、山頂は孤独な場所だった。

自分が山で全力を出してしまえば、誰一人ついてくることはできない。

王者と呼ばれる箱根学園という場所でも、自分と同じ次元で登れる人はいなかった。

しかし、今は彼が隣にいる。

ギアを上げてさらに加速した真波に、ぴったりついてきているライバルがいる。

1人じゃない。山頂のゴールを争って、戦って打ち勝つべき目標が。

おれより速く山を登れる人が、そこにいるんだ。

こんな機会、何度もない。

今勝たなくて、いつ勝つんだ!

「そ、れえぇーーっ!」

負けないよ、真波くん!

だって僕は、きっと勝ってくるって、総北のみんなと約束したんだから!

「ああああぁぁ!!」

あっという間に見えたゴールライン。

彼らの運命の、ラストスパートが始まる。

2人はほぼ横並び。ここから先は、技術や体力の勝負ではない。

勝利への執念。勝ちたいという気持ちがモノを言う世界だ。

「あああぁぁぁ!!」

「それええぇぇ!!」

観客が湧くなか、その中心にいる2人は必死にペダルを回す。

生きるか死ぬかのデッドヒート。

そして遂に、彼らの自転車がゴールラインを跨ぐ。

「うおおおぉぉぉ!!」

ゴールラインを通過し、両手を上げ勝利を確信したのは、真波山岳。

北山ヒルクライムを見事に制した彼の、勝利の雄叫びが空に響いた。


表彰式が終わり、帰路につこうとする小野田を、真波が最後に呼び止めた。

「ねぇ、今度はさ、坂道くんのボトルを貸してくれない?」

「え…?」

それは、あの日の再現。

インターハイで会おうという、彼らのはじまりの約束。

「また、インターハイで会おうよ」

しかし、あの日とは立場を逆にして。

これまでは、箱根学園が王者で、総北が挑戦者だった。

しかし、総北がインターハイを2連覇したことで、世間の目も、自分たちの認識も、変わってきている。

今度は、箱根学園が、真波が挑戦者だ。

次は必ず勝利し、王者の座を奪い返すという強い意志を持ち、真波はボトルを受け取る。

「3年最後のインターハイ。そこで勝ったら、君に返すよ」

「…うん!僕も、負けないよ」

それぞれの決意を胸に秘め、彼らは北山を後にした。


【あとがき】

真波くんは意外と大一番で勝ってないなぁと思い、坂道くんと真剣勝負の末勝たせてあげたくて、この小説を書くに至りました。

心理描写やロードレースの描写などが難しかったですが、楽しそうな2人を書くことができて、とりあえず満足です。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

コメント

タイトルとURLをコピーしました