最終話
この街に甚大な被害を出したアフトクラトルの大規模侵攻から、10日が経った。
和希と望実がベイルアウトをしてから、影浦隊・王子隊が織本正人を見事討ち取り、捕虜として本部で拘束することに成功した。
また、玉狛支部では周囲を警戒していた林藤支部長が、怪しげな人影を発見しクロヴィの遠征隊員を捕獲。林藤いわく、戦闘員じゃないようだったから捕まえるのも簡単だったとのこと。
今回捕まえた正人ら3人と、前回捕虜にしたフィロスら3人の身柄を突きつけクロヴィに交渉を申し出たところ、今度はクロヴィが交渉の席に立ってくれたようだ。
交渉の進捗は和希と望実には知らされていないが、もう追手に襲撃される心配はしなくて良いようだった。まだ完全に安心はできないけれど、本当によかったと思う。
ボーダー上層部ではそんなことが行われているなか、大規模侵攻が終わってから和希は過労がたたって3日間も熱で寝込んでしまっていた。
実は大規模侵攻が終わった後、望実もパタリと糸が切れたように倒れてしまったのだが、それはサイドエフェクト『エンパス』による本人も幼少期から慣れている不調だったため、翌日にはケロリと回復していた。
林藤支部長から休暇命令も出ていたため、望実も3日間学校を休み、つきっきりで和希を看病していた。
「望実、こんな僕のそばにいたら、痛みや怠さへの共感で疲れてしまうんじゃないの。大丈夫?」
和希が心配そうに尋ねる。
望実はサイドエフェクト『エンパス』により、近くにいる人の痛みや辛さにも自分のことのように共感してしまう。
そんな和希に対し、望実は綺麗に笑って答える。
「兄さん。身体が辛いときは、誰かに共感してもらうのが一番の薬じゃないですか」
「…そうだね。ありがとう」
そうしてたっぷり約1週間の間、和希と望実は玉狛支部で久しぶりにゆっくりと休息を取ることができたんだ。
近界民の侵攻に慣れているこの街は復旧も早く、大規模侵攻から1週間でもう学校が再開されていた。
大規模侵攻の傷跡は残りつつも、ボーダーの尽力により民間人の死亡者はゼロに抑えられたからか、生徒たちの表情は明るい。
そんななか、和希はクラスメイトの王子と共に屋上で話をしていた。
「改めて、本当にありがとうね。王子たちが父さんを倒してくれたから、僕も望実も今安心して暮らせてるよ」
「礼を言われるようなことじゃないさ。友達が困っていたら助けるのが普通だろ?敵性近界民を倒すのはボーダー隊員の義務だしね」
「そう言ってくれて助かるよ。それに、僕と望実が近界民って知っても、今まで通りに友達でいてくれるのが、本当にうれしいよ」
「それは、近界民でも和希は和希だからね。むしろ、俺のことを信頼して、本当のことを打ち明けてくれて嬉しかったよ。」
率直な王子の言葉に、和希は照れてはにかんでしまう。
そんな和希に対し、王子は「そんなことより」と身を乗り出す。
「あんな大規模侵攻なんてイレギュラーな状況で、完璧な作戦を立ててそれを実行しきるなんて、なかなかできることじゃない。和希の能力を改めて上方修正したよ。ぜひ王子隊に入ってほしいんだ」
「…でも、僕は近界民だよ?チームのみんなも納得しないでしょ」
「そんなことはないさ。隊のみんなにも話したけど、驚きこそすれ悪い印象を持ってる人はいなかった。和希が三門市で一般人として、信頼を得られるような良い行いをしてきた証拠じゃないか?」
王子に率直に褒められるのは、なんだかくすぐったいような気がした。
そんな気持ちを隠すように僕は言葉を続ける。
「でも、ボーダー本部が僕のことをどう思ってるかわからないし…」
「和希も望実もボーダーに敵意はなく、これまでボーダーに貢献してきた実績もある。2人とも立派な三門市民だし、学生という社会的な立場もあるから、ボーダーが2人を排除することはほぼ無いと思うよ」
「急に本部に転属したら、玉狛支部の皆さんに迷惑がかかるかも…」
「きちんと相談して、理由を話せば納得してくれる。転属したって、いつでも遊びに行けばいい。望実とだって、家で会えるだろう。それに、大切なのはそこじゃないって和希もわかってるだろ?」
ずっと目を背けてきた。自分の気持ちにずっと蓋をしてきた。でも、王子の真摯な瞳で、心の蓋が取り去られそうになって。
「いちばん大切なのは、和希がどうしたいかだよ」
僕はずっと、戦いが嫌いだった。
斬られたり撃たれたり殺されたり。あんな血なまぐさい世界から逃げ出したいって思っていたのに。
望実や遊真やボーダーのみなさんが、まるでスポーツのように安全で楽しげに戦っているのを見て、心を動かされたんだろうな。
あんなふうに楽しくのびのびと、自分の力を発揮してみたいと、思わざるをえなかった。
「王子、今すぐには決断できないけれど、前向きに考えてみるから、まずはお試しだけでもいいかな…?」
「もちろんだ。ようこそ、王子隊へ」
最終的に和希が加入を決めた王子隊が、和希の類まれな作戦立案能力と指導力により、B級ランク戦で躍進するのはまた別の話。
それから時は進み、2月1日。玉狛第二(三雲隊)の初B級ランク戦がスタートした。
結果は、あっという間の決着だった。遊真が吉里隊を一瞬で殲滅した後、千佳の大砲であぶりだした間宮隊を望実が倒したのだ。
和希は玉狛支部の画面で、レイジ・小南・烏丸と一緒に試合の様子を見ていた。
「望実たち、本当に楽しそうにしてるね。デビュー戦に修くんがいないのは残念だったけど、無事に勝ててよかった」
「実力を考えれば、これは当然の結果だ。次の試合以降きちんと勝っていけるかが肝だろう」
「え、レイジさん厳しいですね…」
見事に勝利したランク戦を横目に、玉狛第一の師匠組は和気あいあいと話していた。
(本当によかったね、望実!!)
和希にとって嬉しいのは、デビュー戦で勝利したことだけではない。
大規模侵攻を通して近界民の恐ろしさを改めて体感した三門市民である修と千佳が、生粋の近界民である望実や遊真をチームメイトとして受け入れ続けてくれていることだった。
こんなに良い仲間はそうそうできるものじゃない。玉狛支部に来てからの自分たちは本当に恵まれすぎていると改めて感じる。
(この調子なら、僕はもういなくても平気かな…)
一瞬寂しげな瞳をした和希に、烏丸はなんとなしに尋ねてみた。
「…和希さんはランク戦やんないんすか。こういうチーム戦とか強そうすけど」
「さあ、どうかな」
正直、和希の心はほぼ決まってきていた。しかし、まだ時ではないと曖昧な笑みを浮かべる。
その瞳を見て烏丸は一瞬怪訝な顔をしつつも、その後始まった解説に意識を移していった。
玉狛第二のデビュー戦が終わった夜、和希と望実は玉狛支部から家へ久しぶりに2人きりで寄り添って帰っていた。
望実はランク戦の後でアドレナリンが出ているのか、興奮気味にランク戦前後のことを話している。
「修くんや千佳ちゃんの目標の『連れ去られた人たちを取り返しに行く』ためには、B級2位以内に入らなきゃいけないんです。2人の願いを叶えるためにも、この街を守るためにも、僕はもっと強くならなきゃ」
「…本当によかったね。彼ら2人と出会えて」
「はい!本当に、2人も玉狛支部のみなさんも、みんな優しくて素敵な人たちですよね!」
満面の笑みでそう言い切る望実に、何ら迷いは見られない。
クロヴィにいた頃にはありえなかった、心から幸せで安心できる日常。
僕たちにとって、これが本当に宝物だ。
「そうだね。僕もこの街が好きだし、玉狛支部のみなさんも大好きだよ」
「この先も、クロヴィや近界民から、この街を守れたらいいな…」
「きっと守れるし、守ってくれるよ。もう僕たちは、2人きりじゃないんだから」
これは、近界から来た漆黒の兄弟が、本当の意味でボーダーの一員になるまでのお話。
漆黒の兄弟、完。
コメント