漆黒の兄弟 36話 『織本正人』

漆黒の兄弟36話 ワールドトリガー二次創作小説 漫画

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36話 『織本正人』

実の父親・織本正人の剣により、和希の首が切断され、換装が解けてしまった。

その瞬間、和希は白い光となって、玉狛支部に飛んでいった。

「……!?」

正人は驚愕に目を見開いた。

(和希と望実には、ボーダーの緊急脱出トリガーは備わっていないはず…!)

正人がそう思った根拠は、いくつかある。

1つは、和希と望実の使っていたトリガーが、クロヴィで作られたものだったからだ。

フードで顔を隠すことができる、全身真っ黒の隠密活動用の戦闘服。使っていた剣や拳銃も、クロヴィのものと相違はなかった。

そして、クロヴィのトリガーは特殊な作り方をしているため、他国の技術者が改造することは不可能なはず。

緊急脱出機能を追加することができるとは思えない。

そして、もっと決定的なのは、共に戦っていた風間蒼也の発言だ。

『織本はまだC級だ。緊急脱出はついていない』

確かにそう言っていたはず…!

計算が狂い混乱する脳を、一息の深呼吸で鎮め、望実の表情を見ると、勝ち誇ったように笑いながらも、未だ緊張が解けていないという様子だった。

「望実。ここまで全ての流れを、和希ははじめから読んでいたということだな」

「はい、父さん。全て、兄さんの作戦通りです!」


緊急脱出により玉狛支部に戻った和希は、足を引きずりながら宇佐美のいるオペレーション室へ向かう。

そこには、ヴィザとの戦闘で一足先にベイルアウトしていたレイジもいた。

「宇佐美さん、レイジさん!望実は無事ですか」

「あぁ、望実はまだ戦闘中だ」

「お疲れ様!望実くんは、今お父さんと戦ってるよ!」

和希は焦った様子で画面を覗き込む。

そこには、望実が懸命に父親と戦っている姿が映し出されていた。

「望実ならきっと、3分持ちこたえられる。そうなれば、僕らの勝ちです」

和希の計算では、たとえ正人が相手でも、望実は3分持ちこたえられるだろう。

ただ、戦闘にはイレギュラーが付き物だ。どのような戦闘であろうと、万が一が付きまとう。

それを想像してしまうと、どうしても平静ではいられなくて。

「望実…!」

ハラハラしながら弟を見守る和希に、レイジは椅子に座るよう促し、頭にポンと手を置いた。

「望実を信じてやれ。ここまで全て、プランを考えたのはお前だ。この状況も、お前の予想通りのはずだ」

「……そうですね。僕にはもう、この戦いの結末が見えています」

レイジは、少し考えこむ。

和希はよく、未来視のサイドエフェクトを持つ迅のことをすごいと言うが、端から見れば、サイドエフェクトもなしに未来を正確に予見してしまう和希の方がよほど怪物だ。

おそらく考えの次元が違うのだろう。彼の思考は俺には到底理解できない。そして、その常軌を逸した能力を持つ故の負担は計り知れない。

ならば、この鍛え上げた肉体と技術で、力の限り彼に手を貸し、守ってやろう。

画面を見て焦燥する和希を見て、レイジはそう決意した。

それにしてもと、宇佐美が声をかける。

「ねぇ、和希さんのお父さんは、2人に緊急脱出がないと思い込んでたみたいだけど、それは和希さんがそう思わせたの?」

「うん、そうだよ。玉狛支部は今、戦闘員も支部長も出払ってしまっていて、僕たちはかなり無防備に近い。緊急脱出直後に玉狛支部を襲撃されたらどうしようもないから、緊急脱出機能が無いと思わせなければいけなかったんだ」

和希は、この大規模侵攻において、3つの伏線を張っていた。

1つは、極力トリオンを失わないように、『モールモッド』以上の戦闘用トリオン兵を、徹底的に避けて戦ったことだ。

和希も望実も、クロヴィやボーダーの精鋭には劣るが、戦闘能力は決して低くはない。『ラービット』ならともかく、『モールモッド』に傷を負わされるような兵士ではない。

『キャット』などのトリオン兵を通して2人を監視していた父親の目にも、それは奇妙に映ったことだろう。

風間隊と合流した後も、弱いトリオン兵のみを相手取る姿勢を見せることによって、「緊急脱出機能が無いからこそ、あまりにも慎重になっているのではないか」との疑念を抱かせることに成功したのだ。

2つ目は、ボーダー隊員としての統一された服装ではなく、クロヴィのトリガーと全く同じ、真っ黒な戦闘服で戦ったことだ。

トリガー構成も、ボーダー独自の技術であるスコーピオンやバイパーなどを使わずに、弧月やハンドガンの形状もクロヴィに合わせ、徹底的に「自分たちが使っているのはクロヴィのトリガーだ」と彼らに見せつけた。

ボーダーが、近界のトリガーを持っている和希と望実に、新しいトリガーを与えないという合理的な理由はいくらでもある。

トリオン、時間、お金。1つのトリガーを作るのにもコストがかかるうえで、1人に2つのトリガーを持たせる意味はあまりない。

そのようにして、正人は2人がクロヴィ製トリガーを使っていると思わされたのだ。

そして、最も重要な伏線は、一部の人間を除いて、関わる人に「まだC級隊員だ」とブラフを張っていたことである。

大規模侵攻に関する会議の後、忍田本部長が、兄弟と遊真にB級昇格を勧めてきた時、和希は「これは使える」と考えた。

父さんをはじめとするクロヴィの部隊に、緊急脱出機能が無いと思わせ、トリオン体を破壊されれば自分たちは丸腰になることをアピールする。

そんな中で、機を見て強敵に挑み、トリオンを大幅に失うような傷を負い、かつ望実と2人きりになる。

そうなれば、クロヴィにとっては2人を捕らえる絶好のチャンス。手を出してこないはずがない。

「必ず父さんが来ると思ってた。ここまで、全て予想通りだよ」

和希は自信を持って不敵に笑うが、宇佐美は心配そうに画面に映る望実を見つめる。

「でも望実くん、かなりおされてる。3分稼げれば勝ちって言ってたけど、一体…?」

「あぁ、それはねー」


和希が緊急脱出した後、望実はたった1人残され、父親である織本正人と戦っていた。

敵は、これまで一度も勝ったことのない、父さん。

味方はいない。兄ですら勝てない父親と、たった1人で戦わなければいけない、極限の状況。

でも、信頼する兄からの指示が頭をよぎる。『3分稼げ』と、兄は言った。

その計画の詳細を、僕は何も聞かされていない。

でも、何も不安には思わない。

僕がたった3分粘ることができれば、父さんを倒す手立てを兄が用意してくれている。

正直、ここで父さんを倒すことができたからといって、この先の平和が保証されるわけではないだろう。

でも、父さんを倒せなければ、安心して暮らせる未来はきっとない!

だから僕は、兄さんを信じて精一杯やります。僕の持つ力、全てを使って。

「父さん。僕はこの3分間だけ、あなたを超えます!」

「なんだと…」

「サイドエフェクト『エンパス』を最大感度に。父さんのあらゆる感情・思考を、全て把握する!」

幼少期は、望実はサイドエフェクトを制御できずに、相手の感情や思考を全て受け取ってしまい、心を壊してしまうことが多かった。

そんな望実のために、和希はあらゆる心理学やトリオン科学に関する知識を吸収し、2人で訓練をして、心を壊さないサイドエフェクトの使い方を習得した。

それは、サイドエフェクトの感度を下げることで、相手の心に呑まれないようにするという手段だった。

それ以来、望実は自分の心を守るために、サイドエフェクトをなるべく使わないで生活するように心がけた。和希もまた、望実がサイドエフェクトを使わなくても済むように、自身の頭脳や戦闘能力に磨きをかけた。

兄さん、ごめんなさい。今だけは、兄さんの指示を破ります。

今だけは、兄さんに守られるだけの僕ではいられないから。

「父さんの心、全て見透かします」

織本正人は、望実の首を目掛けて神速の斬撃を放つ。

それは、正確無比で、タイミングも完璧で。かわすことのできない、一撃必殺の剣。のはずだった。

しかし、望実はまるで、そこに来ることが分かっていたかのように、平然とかわしてみせた。

(父さんは、今のをかわされたことに驚きながらも、もう一歩踏み込んで、今度こそ僕を仕留めにくる)

正人は望実の急所に向けて、続けて鋭い剣を振るうが、望実はひらりひらりとかわしてみせる。

そして、カウンターで正人の脇腹に弾丸を命中させる。

「…なるほどな」

一度攻撃をやめ、望実から距離を取った正人は、ひとり納得する。

人間は、自分の心に嘘をつくことはできない。

心を見透かされれば、どんなに上手いフェイントも、どんなに速い斬撃も、相手に届くことはない。

今の望実にとっては、どんな攻撃も前もって視えている攻撃だ。

「やはり、お前の戦闘の才能は、素晴らしいものだ。お前が心を見透かす以上、1対1で勝てるやつはそういないだろう」

「……」

そう言いつつも、正人の心にはまだ余裕がある。

まるで、確実に勝てるという確信があるように。

(父さんにはまるで、僕に確実に勝てる自信があるみたいだ。でも、実際僕は父さんの剣を確実に避けることができるし、僕の気力さえもてば、負ける気がしない。いったいどうして…)

左足に衝撃を受け、望実はふと我に返る。

「え…っ!」

望実の左足には、クロヴィのトリオン兵『キャット』が噛みついていた。

「なっ、この…!」

右手に持つ拳銃で『キャット』を撃とうとするも、突如として撃たれた砲撃に、右手の肘から先が飛ばされてしまう。

その砲撃を放ったのは、トリオン兵『バンダー』であった。

「最高感度の『エンパス』は、確かに強力だ。だが、俺の心にばかり集中して、周囲への警戒がおろそかになるのが、お前の弱点だ」

「…!!」

望実は『エンパス』により、正人の心を完全に見透かすことができる。それは、望実が彼に意識を集中してこそできる業だ。

脳のリソースを、普段は目の前の相手に40%、周囲への警戒に30%程度使っているとすれば、今は目の前の敵に100%割り振っていると言っても過言ではない。

そのうえ、感情を持たないトリオン兵には、『エンパス』は通じない。

黒トリガーを相手取る技量がありながらも、『ラービット』などのトリオン兵に苦戦するのも、それゆえである。

トリオン兵は、望実のサイドエフェクトの天敵になりうるのだ。

「心を読んでもかわせない攻撃は、もう1つある」

そう前置きして、正人は再び望実に斬りかかる。

しかし望実は、何の意思・感情も感じることができない。

(これは…っ、無心の攻撃!?)

一流のスポーツ選手は、スーパープレイを振り返るようなインタビューで、こう語ることが多い。

「頭で考えていなかったんですけど、無意識に体が反応しました」

一流の戦士も、同様の感覚を持っていることは、何ら不思議ではないだろう。

それは、歴戦の兵士が、過酷な戦場で生き残るために身につけた、頭で考えることのない反射的な攻撃。

思考せず、気持ちも乗っていない攻撃は、望実の『エンパス』でも読み切ることは不可能だ。

正人の無意識的な攻撃は、望実の手足を両断し、剣先を首元に突きつける。

「がんばったな。だが、俺に勝てるほどではない。お前がベイルアウトしたら、光線の行く先でお前たち2人を追い詰めてやる」

圧倒的な実力と経験の差に、望実は抵抗することをやめ、絶望して兄の名を呼ぶ。

「兄さん、ごめんなさい…」

『いいや、充分だ。よくやったよ、望実』

通信越しに兄の声が聞こえた瞬間、正人の剣と望実との間に、小さく固いシールドが展開された。

「両防御!」

望実の首を斬ろうとした正人の剣が、シールドにより阻まれ、さらに側面から弾丸が飛んでくる。

その弾丸を正人がかわすが、それは地面に当たり爆発。

それによる煙幕を利用して、1人は正人に斬りかかり、1人は望実を助け出した。

「悪ぃな望実。遅くなっちまった」

「望実くん、1人でよくがんばったね。ゾエさん感激」

「和希の頼みだ。あとは任せてくれないか」

「影浦さん、ゾエさん、王子さん…!」

その見事な連携で望実を助け出したのは、影浦隊と王子隊の面々であった。

そして、ここまでが全て、和希の計画の内。

望実の脳内に、兄の言葉が反芻する。

『3分稼いで』

(やった!僕、父さん相手に、3分、乗り切ったんだ…!)

「あいつが、おめーらの父さんか。今度はこっちが、追い詰める番だな!」

敵は織本正人たった1人。それに対しこちらは、B級上位の精鋭・影浦隊と王子隊の6人。

形成逆転。織本正人がいくら優れた攻撃手だからとて、6対1で囲まれてしまえば、袋の鼠だ。

和希の作戦が、見事にはまった。


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