漆黒の兄弟 33話 『エネドラ』
「本部。こちら風間隊。織本兄弟の支援のもと、新型トリオン兵『ラービット』を始末した」
倒した『ラービット』の残骸の上に立ち、風間は淡々と報告をする。
「別にこいつらの助けなんかなくても、僕たちだけで倒せたんですけどね」
「こら、菊地原」
ぶうぶうと文句を言う菊地原に、和希も望実も苦笑いだ。
そこに、本部への報告を終えた風間が礼を言う。
「織本の情報提供によって、より短い時間で始末することができた。礼を言う」
「いえ、とんでもないです。僕たちがしたのは情報提供までで、実際に倒したのは風間さんたちですから」
新型トリオン兵『ラービット』が目の前に現れた時、和希と望実はかつてのアフトクラトルでの記憶をもとに、行動パターン・急所・装甲の薄いところ・センサーなどの情報を風間隊の3人に口頭で素早く伝えた。
その後は、風間隊が的確に『ラービット』の弱点を突く戦い方をし、5分も経たずに倒してしまったのを、和希と望実は遠巻きに見ていただけなのである。
「それにしても、さすがです。いきなり説明したのに、即座にその情報を飲み込んで、的確に弱点を突くのですから」
「風間さんたちの臨機応変さに、本当に感服しました!」
和希と望実からの賞賛の嵐を、風間は冷静に受け流すが、歌川と菊地原は内心嬉しそうに頬を染めている。
『ラービット』との戦闘を見て、改めて風間隊のことを格上だと認識した和希は、こんなに簡単に『ラービット』を倒せるのであれば、今後も全て風間隊に任せていいだろうと考える。
「ではこの後も、ラービットが出現したら、風間隊のみなさんにお任せしますね。僕たちは力不足だと思うので、弱いトリオン兵の駆除に専念しようと思います」
和希の堂々とした「ラービットとは戦わない」宣言に、菊地原は「なにヒヨってるの」と文句を言い、風間はため息をつきながら「了解」と答えた。
風間隊が『ラービット』を倒した映像は、アフトクラトルの遠征艇からじっくりと見られていた。
「おいおい、もう『ラービット』を倒したヤツがいるぞ」
「速いな…。それにこの戦い方、まるで『ラービット』の性質を知り尽くしているかのようだ。玄界に『ラービット』を投入するのは、今回が初めてなのだろう?」
「あぁ、そのはずだが…。どこかから情報が漏れていたか、それとも…」
「情報が知られていたにしても、この動きは目を見張るものがあります。やはり、玄界の進歩も目覚ましいということでしょうな」
ヴィザはほっほっほと落ち着いた笑みを見せるが、遠征艇の主であるハイレインは考えこんだままだ。
そこに、同じく彼らの映像を見ていたランバネインが、疑問の声を上げる。
「それにしても、『ラービット』を倒したヤツらの隣、黒いフードのヤツら、どこかで見たことがあるような気もするんだが…」
「あー?…確かに、この服装に戦闘スタイル。戦ったことがあるような気ィすんな。いいぜハイレイン、俺をこいつらのところに送れよ。この手で殺してやるぜ」
「…そうだな。もし『ラービット』の性質が玄界に知られているのだとすれば、大量のトリオン兵を送ったとはいえ、駆逐されるまで長くはないかもしれん。少し投入を早める」
「そうこなくっちゃ。暴れてやるぜ!」
その後も、和希と望実、そして風間隊は、順調にトリオン兵を駆除していた。
『ラービット』『モールモッド』などの戦闘用トリオン兵は風間隊が、『バド』『バムスター』などの非戦闘用トリオン兵は和希と望実が担当するという形で、役割分担をして効率よく戦うことができていたため、他の区域と比べても圧倒的な速さでトリオン兵を撃退できている。
「…このまま、何事もなくいったらいいんだけどね」
「兄さん…」
和希と望実は、全く同じことを考えていた。
それは、侵攻の規模が大きすぎるということ。
いくら倒しても、数が減っていないように感じるほどの、大量のトリオン兵。
そのうえ、制作するのに多くのトリオンを使う、『ラービット』『イルガー』も大量に投入されている。
それに対して、ボーダーの健闘と民間人の迅速な避難のおかげで、今のところ人的被害はゼロに抑えられているだろう。
このような大規模な攻撃を仕掛けておいて、収穫ゼロで帰ることができるはずがない。
必ず、まだ何かを仕掛けてくるだろう。
そして、僕たちの敵は彼らだけではない。
父さんの指揮するクロヴィの部隊が、僕たちの隙を虎視眈々と狙っているはずだ。
どのタイミングで来るか。何を仕掛けてくるか。
高度な読み合いが、もう既に始まっている。
そのように考えていると、図ったようなタイミングで、目の前に黒い門が現れる。
「風間さん、門です!」
「望実。撃て」
門から何かが出てくる前に、望実は条件反射で門に向かって弾丸を放つ。
門から出てくるのが人間だろうとトリオン兵だろうと、転送中には隙ができる。
また、門の繋がっている先は敵の本拠地であることが多いため、運が良ければ機械やトリオン兵の卵なども壊せるかもしれない。
ただ、狙いを定めずに撃つため、そこまで上手くいくことはめったになく、「ダメージを与えられたらラッキー」くらいの感覚だ。
そして今回も、そう上手くはいかないようで。
「あ?いきなり撃ってくるたぁ、威勢のいいガキがいるじゃねぇか」
門から現れた人型近界民は、黒いシールドのようなもので、望実の銃撃を全て受け切っていた。
「…あれは!」
「エネドラ、さん…?」
「こんなガキどもが、『ラービット』を簡単に倒したってのか?冗談にしか思えねーけどな!」
和希と望実は、その人物に見覚えがあった。
アフトクラトルの黒トリガー『泥の王』の使い手、エネドラ。
自らの体を固体・液体・気体に形状変化させることができ、死角や体の内部からの攻撃を使った、奇襲戦法を得意とする。
「兄さん、これは…」
「…うん、まずいね」
彼と風間隊との、相性があまりにも悪い。
エネドラの『泥の王』は、ブレードで斬ったところで、液体化の能力でダメージを受けることはない。
急所を狙い撃ちするしかないが、ブレードを主として使う風間隊には、急所の位置を特定する手段がない。
「…望実。少し早いけど、プランAを実行する。ボーダーの皆さんが、彼を倒す準備を整えるまで、僕たちが足止めするよ」
「わかりました!」
望実が頷いたのを確認して、和希は素早く風間隊に指示を出す。
「風間さん、歌川さん、菊地原さん。今すぐ透明化のトリガーを使って、この場から離れてください!」
「…!?」
風間隊の3人は、怪訝な顔をする。
「織本。黒い角を見るに、敵はアフトクラトル、それも黒トリガーだ。お前は、奴のトリガー性能を知っているのか?
「知っています。そのうえで言います。あの人とあなたたちとは、相性が悪い。このまま戦っても無駄です」
「じゃあアイツのこと、どうすんのさ?このまま放っとく気?」
「いいえ。あの人は、僕たち2人が引きつけます」
「お前たちだけで、黒トリガーと戦うというのか」
「時間稼ぎだけです。その間に、風間さんたちにはー」
「ーー!!」
和希が告げた内容に、風間は目を見開く。
そして、彼ら2人は自棄になっているのではなく、きちんと勝算があってやっているのだと確信する。
「もう一度確認するが、奴は黒トリガーだ。本当に、お前たちだけで足止めできるのか」
「できます。確実に」
自信を持って断言した和希に、風間は小さく頷き、ステルストリガーを起動してこの場を離れた。
「ほう?チビども3人が消えやがった。残ったのはテメーら2人か。いいぜ、遊んでやるよ」
余裕を見せ煽ってくるエネドラに、和希と望実も戦闘態勢に入る。
「望実。彼のトリガー、『泥の王』の性能は覚えているね」
「はい!死角からの攻撃を、僕のサイドエフェクトで読みます!」
望実は、相手の心を読むことができるサイドエフェクト『エンパス』を使い、エネドラの心を読む。
その、黒くドロドロとした心情が狙っているのはー
「兄さん、下から攻撃が来ます!」
「了解」
死角である地面の中から、突如として生えてきたエネドラのブレードを、和希と望実は跳んで軽々とかわす。
「なにっ!」
「やっぱりそう来ると思ったよ。僕たちのプロファイリング通り。変わってないね、エネドラさん」
余裕の笑みさえ浮かべる2人に、エネドラは驚く。
(攻撃を読まれた?確実に死角だったはずだ。となると、音か、トリオンか…)
そんなエネドラを見て、和希と望実は再び剣と銃を構え、気合を入れる。
「さて、逃げること、隠れることは、僕たちの得意分野だ。彼に大いに時間を使わせよう」
「はい!」
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