28話 『三雲修』
今日は1月8日。ボーダー本部が定める、正式入隊日。
修、千佳、遊真、そして和希と望実は、5人そろってボーダー本部に来ていた。
「なんだか緊張する…」
「なんでだよ。オサムはもう入隊してるじゃん」
「あはは」
和希と望実は、和気あいあいと話す3人とは、また別の心持ちでその場にいた。
「僕たちとしては、ようやくか、って感じだよ。ようやく正式に、ボーダーに受け入れてもらえたんだなって」
和希と望実は近界民であり、本来はボーダーに追われる立場にある。
そこを、ボーダーに入隊することによって、ボーダーの規則で自分たちの身を守るという手段を取ったのだ。
これまでは、ボーダー上層部からの承認は得ていたとはいえ、言うならば密約のような危うい約束であった。
これからは、名実ともにボーダー隊員として認められ、堂々と自らの権利を主張することができるのだ。
「望実。嬉しい気持ちはわかるけど、今日はとても人が多いし、注目も集まるから、あまり悪目立ちしてはいけないよ。戦闘訓練では実力をセーブして、一般人の枠にとどめよう」
「はい…」
和希と望実は、玉狛支部以外の人に、近界民と知られるわけにはいかない。
ごく一般的な人間として、この入隊式を終えること。
それが、今日の僕たちの目標だ。
入隊式の挨拶などが終わった後、狙撃手の千佳と別れて、小型バムスターとの模擬戦闘訓練に臨む。
数か月に1回開催されるボーダー正式入隊日には、毎回小型バムスターとの戦闘訓練が行われるそうだ。
この訓練の結果により、戦闘員としての素質を測ることができるといっても過言ではない。
そして、今後の指標ともなりうる重要な戦闘訓練を見に来るB級隊員は多い。
ある者はスカウト目的で。ある者は将来のライバルを探しに。ある者は興味本位で。
そして、そんな場所に、彼らが来るのは当然であった。
「よう、和希」
「あ、カゲ。ゾエと、王子も…」
「やあ、和希。ゾエから聞いたよ。ボーダーに入るなら、言ってくれればよかったのに」
「それについてはごめん。冬休みに入ってしまって、なかなかタイミングがね」
和希に声をかけたのは、同学年の影浦、北添、王子だった。
なかでも王子は、和希の頭脳を買って、何度もボーダーや自分の隊に勧誘していたほどだ。
和希の実力を知っておきたい、それをもとに今後は自分の隊に勧誘したいという思惑を持って、見に来たのだ。
影浦と北添も、和希の飛びぬけた頭脳は知っている。
友人として、そして今後の有力なライバルとして、和希の戦いを見に来るのは、当然ともいえよう。
「これから戦闘訓練?」
「そう。僕は最後のほうに回されたみたい。あ、もうすぐ、僕と同じ玉狛から入った子が、やるみたいだよ」
「あ?玉狛?お前ら以外にもいるのかよ」
「うん。見ておくといいかもよ。将来有望な子だから」
和希が言い終わる前に、ブースから大きな歓声が聞こえてくる。
注目の的となっているのは、1人の白い少年。
彼が叩きだした記録は、0.6秒。
「何だあいつ?0.6秒って…」
「うわぁ…、すごいねぇ」
「玉狛支部の、遊真っていうんだ。うちの弟とチームを組んで、A級を目指すみたいだから、よろしくね」
「玉狛ね…。本当に、謎の多い支部だよ」
同学年4人でのんびり話していると、望実が歩いてきて和希に声をかける。
「兄さん。そろそろ僕たちの番だそうです」
「わかった。行こうか」
望実を連れてブースへ向かう和希に、後ろから激励とも発破ともとれる言葉が飛んでくる。
「和希!見てんぞ」
「望実くんも、がんばってね」
「どんな戦いをするのか、楽しみだよ」
それらの言葉を受け流し、ゆっくりブースへ向かっていく。
元々、この訓練はわざと長引かせて、新入隊員の平均程度のスコアで終える算段だった。
ただ、和希と望実は、戦闘に特化した部隊ではなかったものの、仮にもクロヴィの優秀な兵士だ。
C級隊員向けの、弱体化させたトリオン兵など、秒で抹殺することができる。
それを、新入隊員の平均スコアである1-2分にまで、戦闘を長引かせるのは、逆に違和感を生じさせるかもしれない。
和希と望実は、万が一にも近界民と疑われることが無いように、なるべく目立たないことが望ましい。
短時間で倒しても目立ち、変に長引かせても、違和感から怪しまれるかもしれない。
ならば、どうするのが最善か。
「望実。10秒くらいで倒しておいで」
「はい。わかりました、兄さん!」
和希に背中を押されて望実がブースに入ると、すぐに現れる小型バムスター。
望実は何発かわざと照準をずらし、バムスターに致命傷を与えないように立ち回る。
そして、10秒が過ぎた頃。
(ーーここだ!)
望実の弾丸がバムスターの核を貫き、活動停止にした。
『記録、10秒03!』
遊真ほどではないが、高いスコアに会場が沸く。
そして、続いて和希もブースに入り、戦闘を開始する。
「さて。望実もがんばったんだから、僕もちゃんとやらないとな」
和希は弧月を構え、バムスターと対峙する。
向かってくるバムスターの装甲が固い部分、致命傷にならない部分から削っていき。
しばらく経った後、バムスターの核を切り裂く。
『記録、11秒23!』
兄弟での好タイムに、再びおおっと歓声が沸いた。
しかし、その歓声も長くは続かず、彼らが過度に注目を集めることにはならなかった。
ブースから出てきた和希に、望実は声をかける。
「兄さん、お疲れ様です。…兄さんのおっしゃった通り、10秒くらいで倒してしまいましたけど、大丈夫でしょうか…」
「大丈夫だよ。今回は順番が良かった。周りを見てみなよ」
望実が周囲を見渡すと、周囲の注目は新人の記録を0.6秒という好タイムで更新した、空閑遊真に集まっていた。
「遊真が良い隠れ蓑になってくれた。もう僕たちを見ているのなんて、個人的に僕たちのことを見に来てくれた、あの人たちだけだ」
そう言うと、北添が彼らのもとに駆け寄ってくる。
「おつかれ~!望実くん、こわくなかった?はじめてなのに10秒ってすごいね!」
「ハッ。和希、弟に負けてんじゃねーか」
影浦の発破に、和希はムキになることなく、自慢げに望実を褒める。
「望実は才能あるよ~。自慢の弟だもの。玉狛でも、たくさん訓練してがんばってたんだ」
「流石だね、望実くん。よかったらうちの隊に来ないかい?」
唐突な王子の勧誘に、大好きな兄やその友人に褒められ、頬を赤く染め恐縮していた望実は、目をぱちくりさせる。
でも、迷うことはない。
答えはもう、決まっている。
望実は、玉狛支部でできた大切な友人たちをちらと見て、きっぱりと答える。
「王子さん、誘ってくださって、本当にうれしいです。でも、ごめんなさい。僕たちは、玉狛支部でチームを組んで、A級を目指します」
「……そうか」
遊真と修と合流して笑顔で話す望実たちを、和希たち18歳組は微笑ましく見守っていた。
午前中の入隊式が終わると、新人もC級ランク戦をすることが可能になる。
(どうしよう。あんまり目立ちたくないけど、はやくB級には上がっておきたいしな…)
影浦や王子と別れて、C級ランク戦ブースに来た和希は、全体への説明を聞きながら、どう立ち回るべきかを考える。
そこに、後輩たちの入隊式を見に来ていた烏丸が、和希に声をかけた。
「和希さん。修が今ランク戦してるんすけど、たぶんあと1回勝てばBに上がれるので、せっかくなんで見ていきませんか」
「お!修くんすごいね!じゃあ見物に行こうかな」
機嫌良く歩く和希を先導しながら、烏丸はずっと持っていた疑問を彼にぶつける。
「修はC級隊員の中でも弱くて、これまでランク戦にもなかなか勝てなかったと言ってました。でも、和希さんの指導を受けてからは、急に8割以上勝てるようになったって。あの日修に、一体何をしたんすか」
「あれ、言ってなかったっけ。ちょっとした考え方を教えただけだよ。修くんの持っている武器を活かしたね」
「でも、いくら和希さんでも、それだけでいきなり勝てるようになるなんて…」
「そう?でも、僕はこれまでそうやって生きてきたんだ。遊真や望実と違って、僕は戦闘のセンスが無かったから。そんななかでも勝てるように、頭を使うしかなかったんだよ」
しばらく2人で歩いていると、修がモニターに映っているのが見えた。
「あ、修くんだ。相手はハウンドか。じゃあ、僕が修くんにレクチャーしたことを話しながら、一緒に彼の戦いを見ようか」
「…はい」
既に戦闘を開始していた修は、ハウンドを使う相手から逃げ回っているように見えた。
「まず僕は、彼の使う武器である、レイガストに目を付けた。その利点は、希少価値、盾モード、耐久力、トリオン効率など、たくさんあった。だから僕は、相性の良い銃手・射手に相手を絞って戦うように言ったんだ。そして、まずは逃げ回って時間を稼ぐようにって」
「時間を稼ぐ?C級のランク戦でですか?」
「うん。ボーダーではあまりやらない戦法なのかな?」
不思議そうに尋ねる和希に、烏丸は少し考えて答える。
「集団戦ではありますけど…。C級ランク戦は1対1。試合を長引かせても、そこまでのメリットがあるようには…」
「へぇ。そう思うんだ。まあ、やっていけばわかるよ」
和希の話す通り、修はハウンドを使う相手から建物などを遮蔽物にして逃げ回っている。
その立ち回りも、和希が教えたものだ。
以前C級ランク戦を観たときに感じた違和感。
ハウンドの利点を活かした攻撃を、うまくできていない子が多いということ。
例えば、ハウンドは追尾性能を調節することができる。
狭い場所であれば、追尾性能の強い、ほぼ直線の弾丸ならば当てることができるし、逆に広い場所であれば、追尾性能の弱い、弧を描いたような弾丸が強力に作用する。
また、追尾性能の強い弾丸と弱い弾丸とを同時に発射すれば、それだけで相手の意識の死角を突く時間差攻撃が可能だ。
これらの武器を、きちんと理解して扱えていない子が多すぎる。
「きっと、B級以上の隊員ならば、こうしたことができるんだろうね。でも、あの子たちにはできていない。それが、相手の弱点。つけいる隙になる。そして、さっき言ったのは、レイガストの強み。今度は修くんの強みを考えてみると、彼の折れないメンタルが武器になるんだ」
修は、たしかに弱い。戦闘において、強みを見出すのは難しい。
しかし、修には、強い精神力がある。長期戦であっても忍耐強く戦うことができる。
しかし相手の方は、まだ戦い慣れていないC級隊員。それも精神的に幼い中学生・高校生がほとんど。
「長期戦の心構えもしている修くんに比べて、相手は疲れるし、集中力も切れるし、はやく戦闘を終わらせようと焦る。それに、負け続けている修と、そこそこ勝っているポイントの高い相手とでは、1敗の重みも違うだろう」
和希の言葉に合わせるように、修の対戦相手は疲れて、攻撃が単調になってきていた。
「でも、それだけだと、地力の差で押しきられるんじゃないっすか?」
「そうだね。そろそろ勝負をかけると思うよ。見てて」
勝負に修が選んだのは、狭く細い路地だった。
修は路地に追い詰められたように見えて、この時を待っていたのだ。
狭い路地ならば、追尾性能の弱い大回りなハウンドの弾丸は、建物の壁にさえぎられて修までは届かない。
そして、追尾性能の強い、直線的なハウンドであれば、アステロイドの容量で捌くことができる。
唯一、上方向への弾丸だけが対応できない可能性があるが、疲弊した相手はそこまでの発想に至らない。
「これまで逃げに徹してきた相手が、突然こちらに向かってくる。相手は攻撃手。寄られたらこちらが不利。そうした焦りと疲れで、相手はもうまともな思考はできなくなっているはずだよ」
和希の解説通り、修の相手は軽いパニックを引きおこしているようだった。
そして、修はレイガストで直線状の弾丸を防ぎながら、相手に向かって突き進んでいき。
「盾モード、解除!」
彼はついに、レイガストで対戦相手をぶった斬る。
そして、左手の甲にある数字を見ると。
「4000ポイント!ついに、B級だ!」
持たざる者の努力が、遂に報われた瞬間。
そして、彼の今後の方向性、頭脳プレイヤーとしての道を、決定づけた瞬間であった。
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