22話『玉狛支部』
翌日、和希と望実、そして修と遊真と千佳は、宇佐美と迅からボーダーの制度について説明を受けていた。
「さて、諸君はこれからA級を目指す!そのためには、修くん、千佳ちゃん、遊真くん、望実くん、全員がB級に上がってもらわなければならない!それはなぜか!」
トレードマークのメガネをかけて、ホワイトボードを背にテンションMAXで説明を始めた宇佐美を見て、望実は隣に座る和希にそっと話しかける。
「宇佐美さん、ノリノリですね…!」
「人にあれこれしてあげるのが好きなタイプの子なんだね。こうして教えてくれることに、感謝して聞かなきゃいけないよ」
「はい!」
宇佐美は、和希と望実が初めて玉狛支部に来た時も、様々世話を焼いてくれた。
今だって、ボーダー内部の情報を、惜しみなく和希と望実に教えてくれている。
こうした時に、本当に実感する。
これまで、2人ぼっちで生きてきたけれど。
この人たちは、本当に僕達の味方になってくれるんだ。
和希も望実も、心からの感謝の気持ちをもって宇佐美の話を聞いていた。
「じゃあ、どうやってB級に上がるか説明するね!」
宇佐美はB級に上がるための道筋を滑らかに説明していく。
正隊員になるためには、C級同士の模擬戦で勝って、ポイントを得なければならないこと。
正式入隊日まではランク戦に参加することができないこと。
ランク戦では遊真の黒トリガーは使えないこと。
「黒トリガーは強すぎるから、自動的にS級扱いになって、ランク戦から外されるんだ。メガネくんたちとチーム組めなくて寂しくなるぞ」
「そうなんだ…、じゃあ使わんとこ」
迅からの説明に、遊真は残念そうにうなずいた。
そして迅は、和希と望実に目を移す。
「和希と望実のトリガーも、ランク戦では使わないほうが無難だろうな」
「えっ。僕たちのは、ノーマルトリガーですよ」
「ノーマルトリガーでも、ボーダーの規格から外れたトリガーは、ランク戦には参加できないんだ。それに、ボーダーのトリガーは色々機能が多いから、お前らの強みをもっと活かせると思うぞ」
「なるほど…」
これまで使い慣れたトリガーを手放す不安に望実は俯くが、和希は苦笑して望実の肩に手を置く。
「望実。そもそもクロヴィのトリガーを使ってしまえば、僕たちが近界民だと皆に知られてしまうでしょ」
「あ…」
玉狛支部のメンバーには、自身が近界民と明かしているが、ボーダー本部や一般人の認識は、近界民イコール侵略者であり変わっていない。
そんななかで、近界から持ち込まれた武器を使うことがどれほど危険か。
その危険性を再認識した望実の瞳が、悲しげに揺れる。
「それに、ボーダーのトリガーは、これまでのトリガーとは違う、多くの種類の武器が備えられている。ちゃんと使いこなせば、望実はもっと強くなれるよ」
「…は、はい!」
誰よりも信頼している兄からもっと強くなれると言われて、望実は胸が熱くなるのを感じた。
望実はもともと、戦闘が好きな部類に入る。いわゆる、戦闘狂というものだ。
繊細なサイドエフェクトのせいで、対戦相手の恐怖や痛みに共感してしまい、戦闘が嫌いになった時もあった。
しかし、命のやりとりをすることがない、模擬戦の部類であれば、むしろ大好物にあたる。
スポーツ選手がスポーツを愛するのと同様に、戦闘の才を持つ望実も戦闘を愛しているのだ。
そんな望実の高まる熱を感じながら、話題は千佳のことに移る。
「さて、千佳ちゃんはどうする?オペレーターか、戦闘員か…」
「そりゃもちろん戦闘員でしょ。あれだけトリオンすごいんだから」
「それに、この先近界民に狙われた時のためにも、戦えるようになったほうがいいだろ」
「わたしも…、自分で戦えるようになりたいです」
そして、千佳のポジションの話が始まったところで、和希は彼らをじっくりと観察する。
和希は新しい人間と接する時、その人物像を見極めようとする。
その人物の行動や発言から、どのような性格で、どういう時にどのような反応を返すかを探るのだ。
心理学・統計学的なプロファイリングの手法により、相手が次にどのような行動を起こすのかを見極めることができる。
そしてそれは、仲間として円滑にコミュニケーションを取るのにも有用であるし、協力して戦う際にも、万が一敵対してしまった時にも、相手の行動予測のためになくてはならないデータとなる。
(こうやって分析するのを気味悪がる人もいるけど、僕には望実のようなサイドエフェクトも、戦闘のセンスもないからね…。全てのリスクを計算しないと安心できない。悪く思わないでね…)
「千佳ちゃん、運動神経はいいほう?足速い?」
「いえ、あんまり……」
(雨取さんは、ちょっと引っ込み思案なタイプかな?年上ばかりのこの状況のせいかもしれないけど。自分に自信がない…のか?その根底にあるのは…。あとで望実にも印象を聞いてみよう)
「千佳は足は速くないですけど、マラソンとか長距離はけっこう速いです」
「おっ!持久力アリね」
(三雲くんは意外とアニキ肌なんだ。この口調に、断定の話し方。けっこう頑固な性格かも。自分がそう思ったことは、人からどう言われても変えられないというか。良い面もあり、悪い面もある個性だけど…。そっか、もしかして、だから遊真を…)
ますます彼に興味が湧いてきた和希は、少し話してみることにした。
「三雲くん、雨取さんのことよく見ているね。もしかして、僕と似たタイプかな?いろいろ観察したり、考えたりするの得意?」
「えっと…、はい」
(まだ完全にプロファイリングできたわけではないけど、彼はそういうタイプな気がするな。隊長に選ばれたのは、これも理由か。となると…)
無論、和希がいくら頭の回転が速くとも、短い会話を観察しただけで完全に人物像を掴めるわけではない。
ただ、弟の望実には、相手の心情を読み取るサイドエフェクト『エンパス』がある。
和希の観察だけでは完璧なプロファイルを作ることはできないが、望実と心証のすり合わせをした時、そのプロファイリングは完璧となり、強力な武器となる。
そして、その人物像のプロファイリングを用いて味方の動きも相手の動きも正確に予測し、常に先を見て戦うのが、和希の強さなのだ。
そんなことを考えながら話を聞いていると、どうやら千佳のポジションは決まったようだった。
「千佳ちゃんのポジションは狙撃手で決まりだね!あと、望実くんは銃手で、遊真くんと和希さんは攻撃手だっけ?」
遊真と和希は頷くが、望実は小さく声を上げる。
「兄さん、たぶん、剣以外でも何でもこなせると思います…。向こうの世界でも、色々試したことがあって…」
「おっ!じゃあ将来的には万能手もありだね!」
あまり自分から話すタイプではない望実が、気心知れた仲とはいえ大人数の前で発言したことに、和希は少しだけ驚いた。
「望実。急にどうしたの」
「僕、兄さんはすごい人だって思ってます。兄さんほど才能あふれる人を、知りません。その可能性を、僕達に遠慮して、狭めてほしくないと思って…」
たしかに、和希はA級に上がりたいとか、もっと強くなりたいなどといった欲がない。
自分たちの身を守れる程度に強ければ良いし、逃げることも厭わない。
愛する弟たちのチームが頑張ろうと奮闘するのなら、自分は外からそれをサポートする立場で良いと。自分の成長は後回しで良いと、思っていなかったわけではない。
しかし、望実がその気持ちに敏感に気付いて、このような形で後押ししてくれるとは思わなかった。
ふふっと笑い、困ったような笑顔で和希は答える。
「僕はべつに、A級に上がろうとかは考えてないんだけどな。まぁでも、がんばるよ」
そうしてわいわいと話していると、玉狛第一のメンバーが防衛任務から帰ってきた。
小南のどらやき騒動が収まった頃、迅が彼らに修と千佳を紹介する。
「遊真と望実、メガネくんと千佳ちゃんは、わけあってA級を目指してる。和希も、チームには入らなかったとしても、ボーダーのトリガーにはある程度慣れなきゃいけない。そこでだ!」
迅が悠々と宣言をする。
「レイジさんたち3人には、この5人の師匠になってもらって、入隊日に向けて指導してもらう。これは支部長の命令だ」
支部長命令と聞いて、唐突な提案に目に見えて不満そうにしていた小南が、渋々その役目を引き受ける様子を示す。
そして、彼らをじっくり品定めすると、ぐいっと遊真の肩を引き寄せる。
「こいつはあたしがもらうから。あたし、弱いやつは嫌いなの。あと、和希!」
「え、はい…」
「あんたも来なさい!あんなぶっとんだ作戦を立てるやつが、どんな剣を振るうのか興味があるわ」
「…じゃあ、お願いするね。小南さん」
唐突な指名に少々面食らったものの、和希は冷静にそれを受け入れる。
「じゃあ、千佳ちゃんはレイジさんだね。狙撃手の経験があるの、レイジさんだけだから」
「よ、よろしくお願いします」
「よろしく」
狙撃手ペアも決まると、その他のペアも必然的に決まる。
「となるとおれは、この2人すか」
「三雲修です。よろしくお願いします」
「烏丸…」
烏丸は淡々と、修は冷や汗を流しながら、望実はどこか感激したように、言葉を紡ぐ。
「よーしそれじゃあ、5人とも師匠の指導をよく聞いて、3週間しっかり腕を磨くように!」
こうして、彼らの修行の日々が始まった。
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