漆黒の兄弟 18話 『三輪隊②』
三輪隊と遊真との戦いは苛烈を極めていた。
数の利を生かし、遊真が一方を相手取った時、もう1人が側面を取る。
そして、相手のトリガー性能がわからない以上、うかつに踏み込むことはない。
その戦術により、遊真は一方的に傷を負い、防戦一方となっていた。
さすがは、ボーダーのA級部隊。一筋縄ではいかない相手だ。
しかし、負ける気がしない。
自分たちには、優秀なブレーンがついているのだから。
兄に電話をしていた望実は、兄からの指示を忠実に実行する。
『望実、まずは遊真にこう言うんだ』
望実は遊真と三輪隊の2人によく聞こえるように、大声で叫ぶ。
「遊真!兄さんが敵の狙撃手を抑えたって!もう狙撃はこないよ!!」
「!?」
三輪と米屋は虚をつかれ、奈良坂と古寺、2人の狙撃手がいる方角を一瞬見る。
そして、人の感情や挙動を敏感に感じ取ることができる望実は、一瞬の焦りとその視線を逃さなかった。
『南側にいる狙撃手は、僕がもう抑えている。望実はもう1人の狙撃手を抑えにいくんだ』
「もう1人の狙撃手を発見しました!追います!」
兄からの指示を受け、望実がよく通る声で宣言し走り出すと、遊真がニヤリと笑って、さすが和希さんとつぶやく。
一方、三輪と米屋のもとに、奈良坂からの通信が届く。
『こちら奈良坂。敵のブレード使い1人に捕捉された。すぐに攻撃する気はないようだが、もうそちらの援護はできない』
『こちら古寺。1人こちらに向かって来てます!経路も目線も、こちらの位置が捕捉されているとしか…!』
「なに!?」
「おいおい、やべーじゃん」
(まだ一発も撃っていないのに、一体どうやって位置を知られたというんだ!?)
予想外の襲撃に、三輪と米屋は冷や汗をかき、焦りをあらわにする。
そして、古寺のいる方角へと走っていく望実の姿。
(こいつらは、古寺の位置も確実に把握している!)
「これ以上人員を減らされるわけにはいかない。陽介、古寺をカバーしろ!」
三輪から指示を出された米屋は、三輪を心配するように声をかける。
「いいのかよ。あいつ、かなりやるぞ」
「いい。あいつはおれ1人で十分だ!」
「了解!」
三輪からの指示を受け、米屋は望実を追って走り出す。
そして、三輪は遊真と1対1で戦うこととなった。
「へぇ、行かせていいの?数の有利がなくなるけど?」
「お前は俺が殺す!近界民は全て敵だ!」
そう息巻く三輪の攻撃をかわしながら、遊真は不敵に笑う。
「悪いけど、あんた1人じゃ、おれは仕留められないよ」
そう言いながら三輪の攻撃をかわし続ける遊真に、三輪は切り札の黒い弾丸を放つ。
『盾』印により防ごうとする遊真だが、それはシールドをすりぬけ、黒い重石となって体の自由を奪う。
三輪の愛用するオプショントリガー、『レッドバレット』。
「うおっ、何だこれ」
左腕や足に重石を付けられた遊真は膝をつくが、レプリカが素早くそれを解析する。
『攻撃力のない代わりに、相手の動きを封じるトリガーのようだ』
解析さえ済んでしまえば、その技術は全て自分のものにできる。
それが、遊真の父親が残した、『学習する』黒トリガー。
「これで終わりだ!近界民!」
弧月で斬りかかってくる三輪に狙いを定め、遊真は印を組む。
「『錨』+『射』四重」
撃ちだされた黒い銃弾が大量に三輪に当たり、三輪は重石ごと地面に倒れこむ。
「これは俺の、レッドバレッド…!?」
屈辱的に表情をゆがめる三輪に対して、遊真はよろよろと近づき、一言告げる。
「さて。じゃあ話し合いしようか」
その言葉は、三輪の怒りを増幅するには十分だった。
一方、古寺を狙って走り出した望実は、米屋に追われ戦闘を開始していた。
「うちの古寺は獲らせねーよ!」
「く…!」
米屋は盾と槍を駆使して、望実と距離を詰め圧力をかける。
相対する望実は、建物で狙撃の射線を切りながら、銃で牽制しつつ距離を取る。
今望実が使うのは、ボーダーの訓練用トリガーではない。
漆黒の衣装に身を包み振るうのは、祖国クロヴィから支給された、よく使い慣れた隠密戦闘用トリガー。
そして、頭に浮かぶのは、兄からの指示。
『望実が狙撃手の方へ向かえば、遊真と戦っている彼らのうち1人、おそらく槍使いの男が追ってくるだろう』
(兄さんはここまで見越してたんだ…!あとは、引き気味に戦って…!)
戦いながら望実は、兄からの指示を反芻する。
『後は少しだけ相手をして時間を稼げば、すぐに他の戦場で決着がつく。そうしたら、爆弾や煙幕を使うなり、相手の足を削るなりして、どうにか逃げればいい。遊真も気をつかってくれているんだし、本部との摩擦は少ないほうがいいから、あまり相手を傷つけないほうがいいからね』
(僕の役目は時間を稼ぐこと。相手を倒さなくても、逃げ切りさえすればいいんだ!)
後退して、ろくに攻撃を仕掛けてこない望実に、米屋は焦りながら攻撃を仕掛ける。
(はやくこいつを片付けて秀次のところに戻らねぇと…!いくら秀次でもあいつ相手に、1人じゃもたねぇ!)
早く決着をつけたい米屋とは対照的に、望実は極めて落ち着いて、時間稼ぎに徹している。
「おまえらくらい強いやつ、機会があればゆっくりサシで戦ってみてぇな…!」
米屋は自らの願望を静かに話す。
「だが、うちの秀次をいつまでも1人で戦わせるわけにはいかないんでな。そろそろ決着をつけさせてもらうぜ!!」
1段階キレを増して斬りかかってくる米屋に、望実は後退しながら右手の銃を乱射し、空いていた左手で爆弾を構える。
「悪いけど、あなたでは僕を捕らえられない。逃げたり隠れたりするのは、僕達の得意分野だ!」
逃げ切ると決意をこめて放った弾丸と爆弾は、警戒区域内の建物や地面を粉砕し、大きな砂煙を作り出す。
そして、相手の目と耳が利かないうちに姿を消すのが、彼らの常套手段。
望実はその隙に走り出し、建物の陰を使って逃げ切る算段だった。
しかし、三輪隊オペレーターの月見蓮の対応は、望実の想定よりも速かった。
『視覚支援!』
望実が身を隠す前に米屋は煙幕に対応し、望実との距離を詰めた。
「え!?」
想定していなかった攻撃に、望実は一種のパニック症状を起こすことになる。
兄には、相手をあまり傷つけるなと言われた。しかし相手は目の前に迫っている。
(逃げられない…!逃げ、きれない…!!)
望実はとっさに、両手に拳銃を出現させる。
「うあああ!」
米屋が踏み込み、望実のトリオン体を一刀両断するのとほぼ同時に、望実は反射的にゼロ距離射撃をし、米屋のトリオン供給器官を破壊した。
つまり、相打ちだ。
「くっそー、相打ちかー。機会があれば、またやろーぜ!」
「あ……」
清々しいほどに悪い感情がなく、ただ純粋に戦闘を楽しんでいた米屋に、望実はポカンと口を開けて、緊急脱出の光の筋を眺めていた。
そして、ほぼ同時に望実も換装が解け、生身に戻る。
(いけない!相手を攻撃するなって言われていたのに…。でも、まさか逃げ切れずに、相打ちになるなんて…)
望実はボーダーの戦力に対する認識を上方修正し、建物の陰に身を隠す。
生身に戻った望実に、もう戦う術はない。
もしここでボーダーに見つかってしまったり、狙撃を受けてしまったら終わりだ。
そう気を引き締めて、慎重に移動を始めた望実だが、自身の後方から近づいてくる一人分の足音を感じ取る。
無防備な状態で何者かに見つかってしまった恐怖に慌てて振り向くと、そこに見えたのは真っ黒な影。
それは、敬愛する兄、織本和希だった。
「に、兄さん…!」
「お疲れ様、望実。よくがんばったね」
和希は穏やかに笑って望実を褒め、和希に比べたら小さな体を抱きしめる。
「本当に、よくがんばった。1人きりで、よく戦ったよ」
ずっと気を張っていた望実は、和希に抱かれた温もりで、少しだけ涙がこぼれる。
それは、最愛の兄に自分の努力を承認された、喜びの涙だった。
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