17話 『三輪隊』
5人が邂逅を果たした後、和希とレプリカの提言で場所を変えることにした彼らは、警戒区域内の旧弓手駅に移動することにした。
その前にと、和希は彼らと一緒にいた小さな女の子に目を止める。
「ところで、望実、遊真。その子は?」
「えっと、この子は雨取千佳さんで、その…」
「自転車を押してもらって、一緒に川に落ちた仲です」
「え…」
望実がどう説明しようか戸惑う間に、遊真が一刀両断するようにキッパリと経緯を話す。
だが、それだけの説明で、きちんと理解できるはずがない。
普段は一瞬で状況を把握する和希も、この時ばかりは戸惑ったのだとか。
「ところで和希さん、なんで自転車は倒れないんだ?」
「……ジャイロ効果のこと?」
「ふむ。わからん」
「改めて自己紹介すると、僕は望実の兄で、織本和希っていうんだ。今日は遊真に呼ばれて。君が修くんだね」
「はい…、今日は千佳のことで空閑に相談があって…」
「和希さんと望実はおれの知り合いのボーダー隊員だから、近界民のことで困ってるなら頼りになるから呼びまシタ」
予想していなかった和希と望実の介入に、修は戸惑いつつ、遊真に耳打ちする。
「おい空閑、おまえの知り合いってことは、もしかして…」
「そうだよ。この人たちも近界民。でも2年前からこっちに住んでるらしいから、こっちのこともおれよりよく知ってると思うよ」
「2年前から…!?とにかく、この人たちは信頼できる人なんだな?」
「もちろんですとも」
最後にはどや顔で返された修は、空閑がそう言うならと、経緯を話し始める。
その様子を見た和希は、僕たちのことを話していないのに、いきなり呼んだのか…とあきれてしまう。
もちろん、修と千佳の戸惑いも、和希の非難も、遊真の考えなしの楽観的な心も、望実はサイドエフェクト『エンパス』によって、完全に把握することができる。
後で遊真に礼儀を教えないと…!と、望実は密かに燃えていた。
「へぇ。近界民に狙われやすい体質か…。それは大変だね」
「はい…。ですが、原因がどうしてもわからなくて。だから今日、空閑に相談しに来たんです」
トレードマークの冷や汗を流しながら、修は真剣に彼らに尋ねる。
すると、真っ先に声を上げたのは遊真だった。
「近界民に狙われる理由なんて、トリオンくらいしか思いつかんなー」
「トリオン…?それが何か関係あるのか?」
「関係あるもなにも、こっちの世界に来る近界民は、だいたいトリオンが目的だよ」
トリオン能力が高い人間は生け捕りにして、低い人間はトリオン器官だけを摘出して、向こうでの戦争に使うのだと説明する。
説明が終わると、遊真は和希に目配せをし、「他に何かある?」と尋ねる。
「僕も、雨取さんのトリオン能力が高い可能性が有力じゃないかと思うよ。一度測ってみたら?」
その言葉を合図ににゅるんとレプリカが現れ、修と千佳のトリオンを計測しはじめた。
修と遊真が青春のヒソヒソ話をする横で、和希も望実に小さく声をかける。
「望実、気づいているね」
「はい。さっきから視線を感じます。おそらく尾行されているかと」
「うん。おそらく、ボーダー本部の隊員だ」
和希と望実は、先程から自分たちを尾行する影に気付いていた。
彼らは、三門市に来る前は隠密任務のスペシャリストとして、敵組織への偵察やスパイのような仕事をこなしてきた。
それに比べ尾行している影は、ボーダーとして戦闘経験を積んでいるとはいえ、一介の高校生である。
そんな彼らの尾行に、気付けないはずがないのだ。
和希は、望実を試すように質問をする。
「望実、こうして尾行されている原因は何だと思う?」
「やっぱり、さっき遊真が倒した『バンダー』でしょうか。遊真が倒したところを、誰かに見られていたとしたら…」
「おそらく、それが正解だね」
遊真が『バンダー』を倒した時、確かに周囲に人気はなかった。
しかし、ボーダーの武器は近距離のものだけではなく、狙撃手というポジションもある。
もし、遠くから『バンダー』を捕捉しており、あの場面を目撃していた者がいたとすれば。
「これは少しまずいことになったかもしれない。僕は少し席を外す。何かあったら、望実がみんなを守るんだ。いいね」
「わ、わかりました。兄さんもお気をつけて!」
和希は望実の肩を軽く叩き、ひっそりと走り去っていった。
それとほぼ同時に、千佳のトリオン量の計測が完了すると、出現したのは大きな白いキューブだった。
「おぉ~、でっけー!」
「僕より何倍も大きいなんて…!」
『尋常ではないな。素晴らしい素質だ』
その測定結果に、遊真と望実は感嘆し、レプリカは彼女の素質を褒めた。
「感心している場合じゃない。狙われる原因は分かったんだから、次はどのようにこれを解決するかだ!」
修の発言にう~むと知恵を絞る彼らに、近づく影が2人。
静かに現れた彼らは、低く威圧するような声で4人に言葉を放つ。
「動くな。ボーダーだ」
そこに立っていたのは、ボーダーA級部隊、三輪隊の三輪秀次と米屋陽介だった。
「ボーダーの管理下にないトリガーだ。近界民との接触を確認。処理を開始する」
トリオン体に換装し武器を構えた彼らに、望実は警戒してトリガーを握り、修は冷や汗を流す。
遊真は警戒しながらも飄々としており、彼ら2人と望実の様子をうかがっていた。
(いつの間にか和希さんがいなくなっている。おそらく状況を先読みして、既に動いているんだ)
遊真はクロヴィにいた期間中、和希や望実と共に戦ったことがあった。
その時の2人の動きは、当時の遊真が圧倒されるほど、見事なものだった。
まるで未来が視えているかのように、正確に敵の動きを先読みして、的確な指示を出す和希。
兄の指示を忠実に守り、強力な戦力として和希の描いたプランを現実のものにする望実。
その手際の良さは、遊真の父親である有吾にも、優秀だと言わせるほどだった。
そのため、遊真は確信している。おそらくこの状況は、和希の計算の内であり、既に望実にも指示を出しているのだろう。
ならば、自分は和希の計画を阻害しないように立ち振る舞うべきだ。
そのためにも、和希の指示を受けたのであろう望実の初動を見る。
そう判断した遊真は、望実の動きを観察していた。
そして、その望実は考えていた。どうするのが最善か。
このような逼迫した状況に陥った時、いつもなら圧倒的な話術を持つ兄が前線に立ち、万事がうまくいくように取り計らってくれる。
しかし、今は頼れる兄はおらず、また守るべき対象が3人いる。
修と千佳は民間人であり、自分たちのせいで今回の騒動に巻き込んでしまった以上、守る義務がある。
また、遊真は高い戦闘能力を持つが、自分より幼いうえに、玉狛支部という後ろ盾がない。
先日のボーダー本部との交渉の際に、玉狛支部への入隊を許されたのは和希と望実の2人だけだったのだから。
だから自分が、この3人を責任もって守るべきなのだ。
望実は、兄に任された役目を胸に、強い決意を持って戦うことを決める。
(兄さんはいない。みんなを守るのは、僕の役目だ!)
まずは相手を見定めるために、望実はサイドエフェクト『エンパス』を使う。
「……!!」
リーダーであろう男、三輪秀次の心は、どす黒い近界民への恨みで溢れていた。
そして感じるのは、自分たちへの強烈な敵意と純粋な殺気。
自分に向けられる黒い感情に、体が小刻みに震えだし、顔が青ざめるのを感じる。
しかし、殺気に呑まれそうになった望実の脳裏に、兄からの言葉がよみがえる。
『何かあったら、望実がみんなを守るんだ』
その言葉を胸に、必死で気持ちを奮い立たせた望実は、三輪と米屋を見据え、震えながら口を開く。
「僕は、ボーダー玉狛支部に所属している、織本望実です。僕達は確かに近界民ですが、この街やあなた方に敵対するつもりはありません。玉狛支部に確認を取ってもらえればわかります!」
叫ぶように言い放った望実に、遊真も同調して言葉を放つ。
「そうそう。それに、おれたち2人は近界民だけど、こっちの2人は関係ないよ」
彼らの言葉への反応は、三者三様だった。
「近界民…!?」
近界民であるという事実に戸惑う千佳。
「そうです!彼らは敵ではありません!」
彼らが敵ではないということを何とか伝えようとする修。
しかし、三輪の殺意は薄まることなく、さらに深く濃い殺意を向けるようになった。
「近界民を隠していたのか…。裏切者の玉狛支部が…!」
三輪は遊真と望実を睨みつけ、素早く拳銃で彼らを撃った。
換装もしておらず無防備だった2人に当たるかと思われた弾丸は、遊真の『盾』印により防がれる。
「おいおい、おれたちがうっかり民間人だったらどうする気だ」
遊真が軽く突っ込む隣で、望実は愕然としていた。
「そんな…、いきなり撃ってくるなんて…」
遊真が守ってくれなければ、おそらく生身で弾丸を受けていた。
近界民に対する容赦のなさに、望実は恐怖し後ずさる。
もう、交渉できる余地はない。
自分が何か、言葉を間違えてしまったのだろうか。
(やっぱり僕は、兄さんがいなければ何もーー、)
思考の悪循環に陥った望実の肩に、遊真の手がポンと置かれる。
「望実、あいつらおれたちを本気で殺す気だ。換装しておけ」
「う、うん…」
濃密な殺意に身を震わせる望実をかばうように、遊真が前に出る。
「望実、オサム。手を出すな。あいつらはおれ1人でやる」
その言葉に、望実と修はそろって声を上げる。
「そんな、1人でなんて…!」
「空閑!大丈夫なのか!?」
心配する声に、遊真はニヤリと笑った。
「大丈夫。望実は和希さんに連絡してくれ。オサムはチカを守ってやれ」
「わ、わかった…!」
「ああ…!」
そうして、三輪隊と遊真との戦闘が始まった。
一方望実は、何もできない自分への悔しさに震え、涙を流していた。
「望実くん…」
そっと声をかける千佳と修に、望実は大丈夫と答え、携帯を取り出し電話をかける。
電話の相手はもちろん、頼れる兄。織本和希だ。
何コールかした後、和希が電話に出る。
「もしもし、望実」
「兄さん。助けてください!遊真が1人で戦って…!!」
望実は泣きながら、兄に助けを求めた。
「僕、何もできなかった。みんなのこと、守りたかったのに…、すみません!」
叫び助けを求める望実に、和希は電話越しに、落ち着いた声で笑いかけた。
「望実。大丈夫だよ、落ち着いて。遊真ならその人たちに負けないし。それに…」
和希が立っている場所は、旧弓手駅を一望できる、建物の屋上だった。
「その部隊の狙撃手は抑えた。もう狙撃はないと、遊真に伝えて」
「えっ……!?」
真っ黒な戦闘服に、フードを被り顔を隠す和希と対峙しているのは、三輪隊の敏腕狙撃手、奈良坂透だった。
まだ一発も狙撃をしていないにも関わらず、居場所を発見されて距離を詰められていた。
そんなことは初めての経験で、奈良坂は軽いパニックに陥っていた。
「どうしてここがわかったのか、って顔だね」
和希は不敵に笑いかける。
「たとえまだ一発も撃っていなくても、いくら隠れるのが上手でも、狙撃手を見つけ出すことはできるんだ」
和希は剣を構えて、一歩ずつ奈良坂に近づいていく。
「この勝負、既に結果は見えている。はやく武器を収めて、僕達の話を聞いていただきたい」
堂々と相手と対峙する和希に、奈良坂は応戦しようと狙撃銃を構える。
しかし、そこに待ったをかける者が1人。
「奈良坂。もうやめとけ」
奈良坂がそちらを見ると立っていたのは、玉狛支部の実力派エリート、迅悠一。
「迅、さん…!?」
本部の精鋭スナイパーである奈良坂透。
玉狛支部の実力派エリート、迅悠一。
そして、その優れた頭脳を以てして戦場を思うままに操る、近界民である織本和希。
彼ら3人が対峙し、戦いは新たな局面に突入することになる。
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