14話 『織本和希④』
その日、クロヴィの部隊に正体を知られてしまったことを、迅から告げられた時ー、
和希は、これから起こる全ての事象を計算し始めていた。
和希は生まれながらに知能が高く、知識が豊富で処理能力も高く、発想力や柔軟性も兼ね備えている。
だからこそ、怪しまれることなくクロヴィから逃げ出すこともできたし、比類ない先読み能力により、その後に生活基盤を整えることについても困ることはなかった。
また、風間隊という格上の相手をも欺き、見事逃げることに成功した。
未来予知の副作用を持つ迅の存在が想定外であったために、結果的にボーダーに正体を知られてしまうことになったのだが。
閑話休題。
和希はその事実を知ってから、脳をフル回転し、結末までの流れを予見していた。
「わかりました。僕にプランがあります」
自信を持って発せられたその言葉に、迅と林藤は大いに驚いた。
「この少しの間に、クロヴィの奴らを一掃する作戦を思いついたってのか?それはすごい。話してみてくれるか?」
「えぇ。あなたたち玉狛支部が僕達の味方でいてくれるのなら、確実に彼らを全員捕らえることができます」
逆に、あなたたちほどの強力な味方がいて。僕はクロヴィの戦術傾向や技術を知っているのに。
一掃できる作戦を思いつくことができないのなら、僕は作戦参謀失格ですよ。
心の中でそう呟きながら、和希は話を前に進める。
「ただその前に、いくつか確認したいことがあります。ボーダーの規則と、トリガーについてです」
林藤は和希の求めに応じて、ボーダーの規則とトリガーの性能について説明していく。
和希は得心したように軽く頷く。
「素晴らしい性能のトリガーです。ちなみに、ボーダーのトリガーで、目印を付けることでステルスを無効化したり、発信機のような働きをするものはありますか?」
「それならあるが…、それがどうしたんだ」
そして全ての条件が整い、和希は不敵な笑みを浮かべて話し始める。
「それでは、これから僕のプランを説明します」
この時から、彼には見えていた。
今回の戦いの、結末が。
「まず、今回の作戦において最も重要なことは、何人いるかもわからないクロヴィの偵察部隊を全員把握し、その全員を同時制圧することです」
「そうだな。だが、何人いるかもわからない、しかも隠密に優れたやつら、全員あぶりだすだけでも大仕事だ。遠征艇の中にこもって、戦闘員のサポートをするやつらもいるだろう」
「はい。そうするには、彼らの拠点を見つけ出し、そこに全員そろったところを叩くのが一番です」
クロヴィの偵察部隊は、その役割により3つに分けることができる。
まずは戦闘員。これは、主にフィロスが隊長と兼任している役割だ。普段は指揮や裏方の役割をこなし、有事の際には最前線に立ち、部隊を守る。
次に諜報員。これは、かつて和希と望実が、今はピレティスとカトテラスが担っている役割だ。一般人を装って三門市の学校や会社に潜入し、玄界の文化や習慣などの情報を得る。
最後に事務員。ボーダーでいえば、エンジニアやオペレーターに当たる役割だ。技術や通信により、諜報員や戦闘員をサポートする。
「僕らがいた頃と変わらなければ、その3つの役割を持った人たちが、三門市のどこかに拠点を持って活動している。そして、夜の時間帯ならば、よほどのことが無い限り、全員が拠点にいるでしょう」
ならば、そこを叩けば良い。
和希の論理はシンプルだったが、非常に効果的な手段に思われた。
「ならば、その拠点はどうやって見つけるつもりだ?」
そう尋ねる林藤に、和希は自信を持って言い放つ。
「そのために、僕が囮になって彼らに捕まりましょう。そして、僕に発信機のようなものを付けておけば、それを追って拠点を探せばいい」
「囮に…!?」
「おい待てよ、和希!」
そこでストップをかけたのは、林藤の隣で静かに話を聞いていた迅だった。
「おれの視た未来だと、やつらはお前たちを殺す気で来る。捕まえるなんて甘いことはしない」
その反論を予想していたのか、和希は平然としており、続きを語り始める。
「えぇ。把握しています。僕達は国を裏切った者。死罪に値します。そんな僕らを、生かすつもりがあるとは考え難い」
「だったら…!」
「だから、伏線を張りましょう。僕達の価値をつりあげ、すぐには殺せなくするんです」
「まさかあの夜、私達がお前らを襲撃して、間一髪でボーダーが助けに入るところまで、計算ずくだったっていうのか!?」
「えぇ。クロヴィにとって、ボーダーの情報は喉から手が出るほど欲しいものでしょう。だから、ボーダー玉狛支部の皆さんに、助けに来てもらえるようお願いしたんです。僕達がボーダーと、繋がりがあると思わせるために」
迅のサイドエフェクトを使っても、「兄弟がそのうち何者かに襲われる」ということは視えても、「いつ」「どこで」「どのように」襲撃を受けるかまでは特定することができない。
そのため、兄弟に常に護衛をつけるのではなく、襲撃されたタイミングで兄弟が玉狛支部に連絡し、一定の時間攻撃に耐えきった後、助けに来てくれるように頼んだのだ。
「まさか貴方が黒トリガーを持っているとは想定していませんでしたから、遊真の助けがなければ危なかったですけれどね」
望実に手を貸してもらい、和希はゆっくり体を起こす。
「そこから先は簡単です。機を見て僕を攫わせて、発信機で拠点を見つければいい」
「だが、発信機も尾行も確認した!監視カメラの位置も!拠点の位置を知らせる仕掛けは、絶対に何もなかったはずだ!!」
声を荒げるフィロスに、和希の落ち着いた声が響く。
「それは、ボーダーの優れた技術の賜物です。スタアメーカーというオプショントリガーを用いれば、何も痕跡を残さずに追跡することができます」
「いや、それはお前の発想力がすごいんだって。そんな使い方、誰も思いつかないよ」
和希の発想を褒める迅に、小南が怪訝な顔をする。
「スタアメーカーって、弾が当たったところに印をつけるやつでしょ?和希のトリオン体に目印をつけても、生身になったら使えないわよ?」
「射手トリガーで、威力をゼロに調節した弾丸を、和希の生身に直接当てたんだよ。威力ゼロなら生身に当たっても問題ないし、トリオン体が破壊されても、反応はそのまま残る」
そう答えた迅に、小南は信じられないという顔をし、烏丸は感嘆して和希を見る。
「和希さん…、よくそんなこと思いつきましたね…」
「まぁ、頭だけが取り柄だからね」
小さく笑う和希に、その場の全員が驚嘆していた。
クロヴィの部隊に襲撃を受けるはるか前から、全てを予見していたその頭脳に。
ボーダーのトリガーを知って間もないにも関わらず、誰も思いつかなかった使い道で見事作戦を成功に導いた、その手腕に。
確かにこの人は、規格外だ。
敵に回せば手を付けられず、味方にすればこの上なく頼りになる。
これが、織本和希。
一呼吸置いてから、和希は望実に手を伸ばす。
「望実、僕のトリガーは持ってきてくれたかな」
その言葉にいち早く反応したのは、小南だった。
「あんた、まだ戦う気!?」
「えぇ。生身の体は動かなくても、換装してしまえば戦えます」
「兄さ…」
スペアのトリガーを渡そうとした望実の手を、木崎が止める。
「和希、望実。お前たちはもう十分戦った。あとはおれたちに任せろ」
それに同意するように、迅と小南が声を上げる。
「そうそう、あいつら3人なんて、おれたちだけで十分さ」
「そうよ!怪我人に戦わせるほど、あたしたち玉狛は弱くないから!」
驚き目を見開く和希と望実に、烏丸が優しく声をかける。
「望実、はやく和希さんを病院に連れて行け」
「烏丸…!うん、わかった!」
望実は和希を背負い、部屋から出る準備をする。
「あとは…、お願いします!」
「任せろ。お前たちが作ってくれた機会、無駄にはしないさ」
望実と和希が立ち去った後、迅、木崎、小南、烏丸と、フィロス、ピレティス、カトテラスとが対峙していた。
迅と木崎が通信で、敵の情報を共有する。
『相手は、銃手が2人と黒トリガーの攻撃手が1人だ。和希の情報によると、黒トリガーの性能は、剣が急所を狙って、伸びたり曲がったりするらしい。スコーピオンの強化型だと思えばいい』
『黒トリガーほどじゃないけど、銃手の腕もいいって話だ。片方がサポートタイプ、片方は自分で点を取りに行くタイプだそうだ』
『黒トリガーとはいっても、対処できないほどじゃなさそうっすね』
その情報に、小南は好戦的な笑みを浮かべる。
『あたしたちが負けるはずないわ!こっちには予知と、頼りになる作戦参謀がついてるんだから!』
『そうだな。じゃあやるか!』
迅の合図で小南が突進し、戦闘が始まった。
和希を背負い地上に出てきていた望実は、戦闘音に足を止めて振り返る。
「はじまったんだ、戦いが…」
不安そうに後ろを振り向く望実に、和希は優しく語り掛ける。
「望実、心配しなくてもいい。彼らが負けるなど、ありえない」
満身創痍ながら、強かに予言する和希の言葉に、望実は安心して再び歩みを進めた。
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