12話 『織本和希②』
ボーダー本部での交渉が終わり、和希と望実は林藤と共に玉狛支部へ戻ってきていた。
「お疲れさん。和希、良いプレゼンだったぞ」
「林藤支部長のサポートあっての成果です。ありがとうございます」
3人は車から降り、玉狛支部の玄関へと向かう。
「おっ、帰ってきたな」
「迅さん!」
「みんなリビングで待ってるぞ。お前らのこと心配して」
兄弟がリビングに向かうと、レイジ、小南、烏丸、宇佐美、そして遊真がそろっていた。
「和希!あんた、城戸さんたちから何か言われなかった?大丈夫だった!?」
「ちゃんと円満に交渉できたよ、小南さん」
「望実、大丈夫だったか?」
「うーん、こわかった…」
「だろうな」
和希は小南に、望実は烏丸に労いと心配の言葉をかけられ、ずっと引き締められていた心の緊張が、少しやわらぐ。
そんな中で、和希はもう一度気を引き締め、最後のプレゼンテーションを始める。
「皆さん、改めて、集まってくださり感謝します。三門市内に潜伏している、クロヴィの部隊を一網打尽にするためには、僕達だけではどうしても不可能です。だから皆さんに助けていただきたくて、今日ここに集まっていただくようお願いしました」
深い感謝を示すような、恐縮するような和希の言葉に、レイジと小南が応える。
「三門市内に敵性近界民が潜伏しているのなら、その討伐はおれたちの責務だ。感謝こそすれ、感謝されることはない」
「さっさと話しなさいよ。やつらをぶっ潰す、プランがあるんでしょ?」
その言葉に、和希は鋭く笑みを浮かべた。
「それでは、僕の立てた作戦を、これから説明します。」
その日の夜6時頃、和希は玉狛支部から帰宅しようと、1人で道を歩いていた。
(誰かに後をつけられているな…)
自分の後をつける怪しい人影を確認し、家を知られるわけにはいかないと判断した和希は、警戒区域近くの人気のない場所で、追手を撒くために小さな路地に入り走りだした。
数瞬の後、それに気づいた何者かが走って追ってくる。
路地を何度か曲がると、その先に人影が見えた。
暗い中で誰かわかるほどまで近づき、和希は足を止める。
「フィロス隊長…!」
「やあ、和希。悪いけど、今度こそ仕留めさせてもらうよ」
目の前にはフィロス、後ろにはピレティス、建物の上にはカトテラスが立っていた。
(挟まれているし、3対1か。だが、生き延びるには、戦うしかない!)
「トリガー起動!」
必ず生きて帰ると決意を固めて、和希は敵を見据え剣を構えた。
一方望実は、玉狛支部の屋上で、不安そうに空を眺めていた。
「兄さん…」
そこに、マグカップに入ったホットミルクを持って、遊真が訪れる。
「望実。これ、こっちの飲み物で、ホットミルクっていうんだって。レイジさんが教えてくれた」
そんな遊真の言葉に、望実はクスリと笑った。
「知ってるよ。僕たちはもう、2年もこちらの世界にいるんだもの」
「それもそうか」
望実は遊真からマグカップを受け取り、ホットミルクを一口飲む。
「うん、おいしい」
「こっちは食べ物も飲み物も本当においしいよな。向こうの世界に比べて、すごく贅沢している気分だ」
「うん…」
望実は一息つくと、不安げに空を見上げた。
「和希さんのこと、心配なんだろ」
「…そうだね。兄さんの作戦が成功しなかったことなんてないし、迅さんも大丈夫って言ってたから、心配いらないってわかってる。でも…」
「本当に、無茶な作戦を考えるよな。和希さんはいつも、望実のことばかり優先して、自分のことなんて何も考えてないみたいだ」
しばらく、沈黙が流れる。
「向こうの戦争でさ、親父が、おれを庇って死んだんだ」
「…うん」
「おれが勝手に無茶して、勝手にやられたのに、親父は自分を犠牲にして助けてくれた。その時、なぜか笑ってたんだ」
「……」
「どうしてだろう。それが不思議で、わからないんだ」
望実は思案する。その姿は、まるで。
「和希さんは、あの時の親父と似ている気がするんだ。望実は、なんでかわかる?親父はどうして、笑っていたんだろう」
望実は、わかる。『エンパス』なんてサイドエフェクトが無くても。
その気持ちを何と言うのか、はっきりとわかる。
だって、それは兄がいつも。
自分に向けてくれる感情なのだから。
「遊真くん、それはきっとーー」
一方和希は、フィロスらを相手に戦っていた。
フィロスが前衛として和希と直接刃を交え、カトテラスが弾丸で和希の動きを制限し、ピレティスが背後や側面に回り込み、和希の急所を狙っていた。
その円滑な連携と、単純な地力の差に、和希のトリオン体には無数の傷ができていた。
「和希、私達3人相手によくやるじゃないか」
「だが、これで終わりだ」
完全に和希の背後を取ったピレティスの弾丸が、ついに和希のトリオン供給器官に命中する。
「くっ…!」
換装が解け、生身になった和希にカトテラスが正確に照準を定める。
「ぐっ、ああっ!」
カトテラスの弾丸のうち2発は和希の両足を貫き、その後右肩と左脇腹にかすめるように2発の弾丸が放たれた。
和希は激痛に声を上げ倒れ込む。が、和希の体が地面に叩きつけられる前に、フィロスがその体を受け止めた。
「和希、悪いね。本当なら一息に逝かせてあげたいところだが、お前がボーダーと関わりを持っていると分かった以上、そういうわけにもいかなくなってしまった」
負傷した和希は抵抗せず、力なくフィロスに体を預けている。
「お前たちが持っているボーダーに関する情報を全て引き出してから、殺せという命令が出た」
「…つまり、これから始まるのは、尋問。もとい拷問というわけか。だが、僕はボーダーを裏切るつもりはありません」
「さすが、理解がはやいね。だが、拠点に連れていく前に身体チェックだ」
「……!!」
和希が息を飲み、鼓動が少し速くなったのを感じて、フィロスはやはりと確信した。
「やっぱりか。頭の切れるお前のことだ。自分が捕まって、発信機で拠点の場所をボーダーに知らせるなんてこと、やりそうだからね」
フィロスとピレティスが和希の持ち物や体を探り、カトテラスが周辺を警戒する。
「襟元と袖口に、発信機らしきものを発見」
「持ち物の中にも何か仕込まれているかもしれない。どこかで処分して、拠点には持ち込まないようにしよう」
隅々までボディチェックを済ませ、怪しいものは全て取り払われる。
「くっ、やめ…!」
「和希、おとなしくしてな」
和希はなんとか抵抗しようとするが、フィロスに鳩尾を殴られてしまう。
「うぐ…」
鳩尾への一撃と大量の出血により、和希の意識が遠くなってきていた。
周囲に人影はなく、助けを呼ぼうにも誰もいない。
「のぞ、み…、ごめん…」
これから、絶望の夜が始まる。
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